香りというものは不思議なもので、言葉で形容するのが難しいもののひとつです。
甘い香り、と一言に言ってもその幅は広く、バニラのような、だとか、花のようなだとか…花ならば薔薇なのか、はたまた百合なのか…でもそれはどれも既存の『なにか』に置き換えての言葉であって、香りそのものを言葉にはしていません。
例えば音なら、『リンリン』だとか『ピー』だとか。言葉に置き換えられるのに…
勿論、色や形も言葉では表しにくいもの。
簡単な図形ならいざ知らず、景色や物体を言葉だけで表現するのは難しいですよね。
百聞は一見に如かず、と言うように、言葉でいくら説明しても伝えられないものもある。
けれど、絵に描いてみたり、写真に撮ってみたり。
伝える代替手段はあるもので。
それに比べて、香りのなんて伝えにくいこと!
そんな表に出しにくい性質故なのか、香りは深い記憶に結びつくことがある気がします。
ふと、嗅いだ香り。
そこに懐かしさと、忘れていた記憶が鮮やかに蘇る…そんな事って、ありませんか?
形も音も無いものだから、「これ」と言う確かな記録しておけないのに。
色や形や音が表層意識に刻まれるものなら、香りは深層意識に刻まれるのかも知れません。
無意識の海に沈んでる、いつかの記憶と同じ場所に。
ドラッグストアのシャンプー売り場で、懐かしい香りと再会しました。
厳密には違うけど、よく似た香りのシャンプーがあったのです。
それはあの日、憧れた香り。
まだ自由の無かった学生時代、夢見ていた世界があって。
いつかそこの住人になりたかった。
だけど、その勇気が足りずに体ばかり大人になってしまって。
そうしているうちに、「年甲斐もなくそんなものに傾倒しているのはみっともない」なんていう『社会の声』と言う名の呪縛に気付けば一歩、また一歩と後退っていた。
私にとってそこの魅力は色褪せてなんかいないのに、いつの間にかかけていた「社会」と言うレッテル付きの色眼鏡。
懐かしい香りが思い出させてくれたのは、あの日の憧れ。
自由を手にしたばかりの頃の、走り出したいあの衝動。
引出しの奥に、大事にしまった林檎の形の香水瓶。
蓋を開ければ、色褪せないその香り。
森の妖精が邪悪に誘う、リコリス香るおとぎの国。
良かった。
私はまだ、これを捨てずにいられたようです。
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