渓流解禁2 | 続・阿蘇の国のアリス
3月の
渓流釣り解禁が近づくと、
川に逝った友人のことを
思い出します。


僕がまだ二十代の頃、
19歳の彼とは毎週のように、
釣りに出かけていました。


彼に渓流釣りを
教えたのも僕で、
彼は僕のことを、
師匠と呼んでいました。


そんな
たったひとりの弟子は、
何度一緒に釣りに行っても、
魚の数も、大きさも、
一度も僕には勝つことが
できませんでした。


しかし、
最後の釣行はちがいました。

激しい大粒の雨が
川面に降り注いだ後、
チョコレート色の濁流を
泳いで渡り、大渕から、
見事な大ものを
釣り上げたのです。

「やったあ!
師匠に勝った。
もう悔いはない」

彼はそう言って、
遠くの大学へと
入学してゆきました。


それから
半年ほど経ったある日、
彼の母親から、
電話がありました。

「息子が亡くなりました…」

彼は溺れている女性を助けた後、
力尽きて、滝つぼへと
沈んでいったのです。


二十代のはじめ、
友人の死を通して、
人間の一生が
いかに短いものなのか、
そしてある日突然
断ち切られるものなのかを
僕は感じとったのです。

私たちは
カレンダーや
時計の針で刻まれた
時間に生きているのではなく、
もっと漠然として、
あやうい、
それぞれの生命の時間を
生きていることを
教えてくれたのです。


たったひとりの
子供を亡くした両親が、
あれからどう過ごしたのか、
僕は知りません。

ただ、あの日、
大ものを手にした彼の写真は、
遺影写真となり、
今も僕の傍で
微笑んでいます。