ここ数年、私の周りで奥様から別れ話を切り出し離婚する夫婦の話を耳にする。
かくいう私も三十年前に妻から離婚を宣言されたが離婚には至らなかった。その後、妻は家を出て一時別居したが、在る時家に戻り、以後、家庭内別居が続いている。
今の時代、女性は自由になった。そのために女性たち自身も戦ってきたが、やはり戦後制定された憲法の人権の尊重や男女平等が一般化してきていることによるものだろう。
自分の意思を発言し、自分の生き方を選べるようになった。
何かのテレビだったか、新聞・・・雑誌だったかよく覚えていないが・・・
「結婚に対しても昔は政略結婚とかお見合い結婚が主流だったが、現代の女性は、そんなことはなく、自分の意思で結婚相手を決めている。
だが、その婚姻関係は、恋愛主体だから離婚が多くなったと言っていた。
それは、お互いに恋愛感情を持って婚姻関係を結ぶ。
だが、長年経つと恋愛感情は冷めてくるものだ。
そこで、喧嘩や相手を嫌に思う気持ちが現れ、恋愛感情の無くなったとき、婚姻関係を続けていくことに意味が無くなる。」ということらしい。
しかし、昔の人々は、生活をするために婚姻をした。
だから、恋愛感情で婚姻関係を持ったわけではないので、ある意味、割り切れているのかもしれない。
また、昔の女性はもちろん自分から離婚をすることなどできない時代だった。
私の母の時代は、女性は結婚しても過酷な労働を強いられる女中奉公と同じだった。
水道もガスもない。電気洗濯機、掃除機、食器洗浄機などという便利なものは全く無い。井戸で水を汲み、薪炭で煮炊きをする、そんな時代。
家には、父、父の両親、父の妹2人がいた。
そして、兄弟は、私の上に兄が二人、(下に弟が二人、妹が一人)。
さらに家業の使用人が5人いた。
母は、一人で、これらの人々の食事や洗濯などの世話をした。父の妹は、家事を一切せず、家事を手伝う使用人もいなかった。
振り返るたびに、母にとって、また母の時代の女性たちにとって、なんと厳しい社会だったのだろうと思う、その一方、あの状況に耐えて生きてきた女性たちのたくましさが偉大に思える。
その時代があったからこそ、女性の権利が認められ、男女平等が当たり前の世の中が来たのだ。
最近の若い女性の中には、自由さが目的を失わせるのか、どこか投げやりだったり・・・というように感じる。
そういう人たちが私の母のような女性の苦労の上に、今の自由な時代が築かれていることを知れば、若い女性全体の意識がもっと良い方向に変わっていくような気がする。
