レモンガスを作った男の挑戦「夢をかたちに」 -2ページ目

レモンガスを作った男の挑戦「夢をかたちに」

レモンガスを作った男「赤津一二」が独自の視点で語る公式ブログです。

ドバイ1

この年末年始をドバイで過してきた。
都合4度目の訪問だが、前回は15年ほど前に訪れている。
正直なところ、あまり綺麗な印象の無かった国だが、今回の訪問では、あまりの様変わりにビックリした。
今、ゴールドスークなどが有名で、煌びやかなイメージだろう。

いろんなものが超近代化され、アラブの小さな町が、世界各国の富裕層が集まるセレブな都市となった。

5日間という短い期間だったが、この新年にかけて、より煌びやかになったドバイを家族で楽しんできた。

ドバイ2




















17日、風が強く本当に寒い日だったが、毎年恒例としているマスターズ会の年末懇親会を開催した。
これは、私と一緒にLPガス業界を引き立ててくれた販売代理店の経営者とその奥様たちの会だ。
毎年、クリスマスイルミネーションが華やかに煌めく時期に催している。
今年は目黒川の「青の洞窟」で、幻想的なブルーイルミネーションでクリスマス気分を味わった。
しかしながら、青色というのは、どこか寒々としているように思う。やっぱりイルミネーションは華やかなほうが暖かさも楽しさも倍増するように感じた。


青の洞窟


我われが到着した時間は、イルミネーション点灯開始の17時を少し廻ったところだったが、すでに訪れた人たちで溢れていた。世界中から殺伐としたニュースが溢れる中で、まだ日本は平和なんだと改めて実感した。





















たいへん久しぶりなブログになってしまったが・・・

先日、イタリアはミラノに行っていた。
これは、長男の慎太郎がミラノに飲食店等の事業の展開をしている所に招待してくれたのだが、たまたま縁あって、ミラノダービー前のACミラン練習場を訪れる機会があった。

そこは、ダービー前の数日間、選手が泊まりこみ練習に明け暮れる場所だ。
館内で会った選手は、誰もフレンドリーでさわやかな好青年だった。
紹介していただいた本田選手も快く写真に応じてくれた。
本田選手は、想像より背が高く、身体がすきなく引き締まり、トップを走る選手の大きさを感じることができた。

イタリア・ミラノにて


その週末のミラノダービーでは、初の日本人対決で、本田 対 長友のカードが実現し、ACミラン側で用意をしてくれたグランド横の特別席で、楽しい時間を過すことができた。



























































たいへん久しぶりなブログになってしまったが、私は蒸し暑い夏の日本を離れ、例年通りハワイの自宅で過している。この年になると日本の夏は体に堪えるからだ。
しかしハワイに来て早々、22年振りとなるハリケーンの襲来に見舞われた。それも一度に二つだ。私が滞在するオアフ島でも警報が出され、公共機関、学校、お店など、すべてクローズとなり、私たちも自宅で静かに過ごすことにした。


ハリケーンが通り過ぎた後は、ハワイに相応しい青空が戻ってきた。大騒ぎだった割に、被害はほとんど無かったようだ。プールで泳ぎ、日差しを浴びて、9月に開催する恒例のチャリティーゴルフコンペへの体力を蓄えることにしよう。


ハワイ自宅庭1









































ここ数年、私の周りで奥様から別れ話を切り出し離婚する夫婦の話を耳にする。
かくいう私も三十年前に妻から離婚を宣言されたが離婚には至らなかった。その後、妻は家を出て一時別居したが、在る時家に戻り、以後、家庭内別居が続いている。

今の時代、女性は自由になった。そのために女性たち自身も戦ってきたが、やはり戦後制定された憲法の人権の尊重や男女平等が一般化してきていることによるものだろう。
自分の意思を発言し、自分の生き方を選べるようになった。

何かのテレビだったか、新聞・・・雑誌だったかよく覚えていないが・・・

「結婚に対しても昔は政略結婚とかお見合い結婚が主流だったが、現代の女性は、そんなことはなく、自分の意思で結婚相手を決めている。
だが、その婚姻関係は、恋愛主体だから離婚が多くなったと言っていた。
それは、お互いに恋愛感情を持って婚姻関係を結ぶ。
だが、長年経つと恋愛感情は冷めてくるものだ。
そこで、喧嘩や相手を嫌に思う気持ちが現れ、恋愛感情の無くなったとき、婚姻関係を続けていくことに意味が無くなる。」ということらしい。

しかし、昔の人々は、生活をするために婚姻をした。
だから、恋愛感情で婚姻関係を持ったわけではないので、ある意味、割り切れているのかもしれない。
また、昔の女性はもちろん自分から離婚をすることなどできない時代だった。
私の母の時代は、女性は結婚しても過酷な労働を強いられる女中奉公と同じだった。
水道もガスもない。電気洗濯機、掃除機、食器洗浄機などという便利なものは全く無い。井戸で水を汲み、薪炭で煮炊きをする、そんな時代。
家には、父、父の両親、父の妹2人がいた。
そして、兄弟は、私の上に兄が二人、(下に弟が二人、妹が一人)。
さらに家業の使用人が5人いた。
母は、一人で、これらの人々の食事や洗濯などの世話をした。父の妹は、家事を一切せず、家事を手伝う使用人もいなかった。

振り返るたびに、母にとって、また母の時代の女性たちにとって、なんと厳しい社会だったのだろうと思う、その一方、あの状況に耐えて生きてきた女性たちのたくましさが偉大に思える。
その時代があったからこそ、女性の権利が認められ、男女平等が当たり前の世の中が来たのだ。

最近の若い女性の中には、自由さが目的を失わせるのか、どこか投げやりだったり・・・というように感じる。
そういう人たちが私の母のような女性の苦労の上に、今の自由な時代が築かれていることを知れば、若い女性全体の意識がもっと良い方向に変わっていくような気がする。

カーネーション