名匠が旅立ったという報せに接しました。
奏でられる音に躊躇いのなく刻み込まれる切り口。
それは時に正面から、時に斜めから、時に直角に。
縦横自在に、しかし計算されつくしたタクトの動きと共に音を操った、
その名匠の演奏に接したのはニューヨークでのことでした。
名匠の名はローリン・マーゼル。
1930年3月、フランスに生まれたマーゼル。
ロシア系・ハンガリー系ユダヤ人の家系に生まれた彼は幼い頃、アメリカに移住し音楽の道を進みます。
その天才ぶりはたちまち知れ渡ることなり、なんと指揮者デビューは8歳のときだったとか。
演奏家としてはヴァイオリンを、また音楽研究家としても才覚を発揮しますが、
中でも傑出していたのが指揮者としての才能でした。
マーゼルは世界の名だたる管弦楽団の音楽監督に就任して、世界的名声を手にいれます。
そんな彼が頂の向こうに見出したのがベルリンフィルの音楽監督の座でした。
下馬評も高く、本人の意欲はそれ以上でしたが、運命の女神は微笑みませんでした。
選ばれたのはクラウディオ・アバド(アバドも2014年1月にこの世を去りました)。
深い絶望と挫折を味わったマーゼルが、長い苦悩の末、再出発の場に選んだのがニューヨークでした。
2002年に音楽監督に就任、2008/2009のシーズンまでを率いました。
私がマーゼルの指揮を近くに見る機会に恵まれたのは、
彼のニューヨークフィルでのラストシーズン、その初日のオープニングガラの演奏でした。
今思えば何と贅沢な…
。
クラシック音楽は元々好きで、マーゼルの名やニューヨークフィルも知らないわけではありませんでしたが、それほど事情通でもなかった私。
この日も「opening night」を体験してみたい!とチケットを手配したのが始まりでした。
(プライスはシーズンの通常コンサートよりはお高めですが、同じopening nightでも、Met operaのチケットと比較して、安価です
。)
普段のコンサートよりは警備が重く、また華やかな出立の招待客の姿が見れたのは、
やはりオープニングならではのものでした
。
地下鉄の駅からの雰囲気もいつものそれとは全く違いました。
定刻になり、いよいよマーゼルの登場。
この日が常の日と違うもう一つ、それが国歌斉唱。
マーゼル指揮のもと、団員も全員起立で演奏される国歌は「なんと豪華な!」と驚いたものです。
前半と後半で構成されたopening night、国歌斉唱に満ち足り、1日中マンハッタンを歩き回った疲れが心地良い音と共に訪れ、抵抗をやめた頃、前半が終わっていました。
インターミッションを終え、眠気をリセットして着席。
演目はチャイコフスキーの交響曲第4番。
私の大好きな曲目の一つでした。
…眠気???とんでもない!!!!![]()
第4楽章までの早かったこと。完全に音の世界に没頭していました。
まさに名匠たる所以か、魔術に似た「音の差配」を感じない隙はまるでありませんでした。
タクトの先からマーゼルの円熟味、優れた老獪さが音を操ります。
演奏が終わった瞬間、飛び上がらんばかりに客席を立ち、夢中で拍手を送っていたのは私だけではなかったようです。まさに音は万国共通の言語
。
名匠のラストシーズンは鳴りやまない拍手と歓声に包まれ、スタンディングオーベイションは長く長く続きました。
同じ年、ニューヨークフィルを率いたマーゼルが来日し、NHKホールで開催されたコンサートにも足を運びましたが、このときの感動は…やはりあの夜には敵わなかったようです。
もう2度と聴くことは叶わないマーゼルの音
。
きっと今頃、アバドと賑やかに音楽談義を繰り広げているでしょうか。
今夜はマーゼルとアバドの音楽を聴いてシャンパンを傾けたいと思います。
尽きせぬ哀悼と、一期一会の奇跡に感謝しながら。
