染色の危機 加工料金改定に取り組む 染色業界の存続に向け中国、排水総量規制を強化 減産する現地染料メーカー 2008年の北京オリンピックまであと1年を切った中国。飛躍的な経済成長を遂げる半面、様々な問題が噴出している。そのなかでも、最近とくに取り上げられるのが環境問題だ。 染料や中間体メーカーの多くは江蘇省南部にある太湖周辺に存在するが、その太湖は年々汚染がひどくなり続け、深刻な状況にある。今年6月にはアオコが大量発生し、飲料水が臭気で飲めないという事態が起こった。中国政府は排水総量規制を強めたことで、処理施設が不十分な染料メーカーは減産を強いられるケースが急増し、操業停止に追い込まれる工場も少なくない。 そのため染料メーカーでは「生産委託先から供給を受けるのが難しくなっている」(ハンツマン・ジャパンの増永昌弘テキスタイル機能材事業部長)状況が続くことから、供給安定のため7月から8月に掛けて、ハンツマンやダイスター、ニッカファインテクノなどが一斉に価格改定に踏み切った。 価格改定の背景には環境問題以外に、原燃料高や人民元高、7月1日から実施された増値税還付率の廃止など、様々なコスト上昇要因も含まれる。ダイスタージャパンによると、原油高騰を背景に染料の原料であるベンゼンやPSA、トルエンの市況は03年9月を100とした場合、07年6月にはそれぞれ255、190、200に上昇した。 シルケット加工などに欠かせないカセイソーダの価格も2倍に、還元洗浄時などに多用するハイドロサルファイトも異常な高騰を見せ、ダイスタージャパンの高瀬耕志社長は「これ以上、自社では吸収できない」と、値上げに対する理解を求める。 ニッカファインテクノ(東京都千代田区)の中川亘取締役色材事業部長は、黒を含めた染料の供給について「現状では混乱は起きていないが、今後供給不足になる可能性がある」と懸念を表明。中国の染料、染料中間体(半製品)メーカーの環境規制への設備投資に時間が掛かることから「染料供給の不安定感は1年くらい続く」との見通しを示す。黒が染まらなくなる? アルギン不足の懸念も 染色業界で一番使われる色は黒色だ。染料総使用量の60%を占め、反応、分散染料のいずれも原料にH酸を使用する。東海染工の八代芳明社長によると、反応染料の年間使用量8000トンのうち、約半分が黒色で、分散染料も同1万トンのうち、6000トンが黒色(ネイビーも含む)だという。 そのH酸も中国での排水総量規制を受け、減産を余儀なくされている。H酸の価格は2006年初頭、1キロ3ドルだったものが、今年7月には同8ドルと2・7倍にまで上昇。もともと黒色染料は大量に使われるだけに価格が安く抑えられてきたが、今回一気に30~40%も値上がりした。染料メーカーは「供給の環境は良くない。値段によって供給先を決める」としており、値上げ要請は一段と厳しくなりつつある。 また、天然繊維系のプリントで必ず使われる染料のりに混ぜるアルギン不足も懸念材料だ。原料となるワカメの多くが中国の大連周辺で養殖されているが、その養殖場一帯をリゾート地にする計画があり、養殖業者が移動や廃業に追い込まれるなどで、今後の生産量が30%減ることは必至といわれる。価格も1年前に比べ2倍に高騰、将来的には現状の4倍ぐらいにまで値上がりする可能性もある。染色協会、値上げ影響を試算 染色事業の純利益吹き飛ぶ この1年間、原燃料の高騰などで染工場はどのくらいの影響を受けているのだろうか。 染色協会では仮に年間1000万メートル規模の加工量を持つ中堅クラスの染工場の場合、重油や染料など原燃料高の影響で1年前と比べ約1000万円コストが上昇していると試算する。税金(石油石炭税)も今年4月から引き上げられ、2003年と比べると天然ガス・石油は1トン当たり240円、石炭は同530円上昇した。 生地を巻く紙管や覆うビニールなどの副資材も値上げ要請が激しい。むしろ「値上がりしていないものを見つけることのほうが難しい」(染工場関係者)ほどだ。 染料の値上げの場合、昨年10月や今年3月にも見られたが、今回のように染工場がメーンで使うような染料までもが値上げの対象となるのは異例だ。染料の国内市場規模が年間約180億円であることから換算すると、市場への影響は約30億円と試算。助剤の値上がりも含め、業界全体のコスト上昇分は約50億円と推定され、これは「染色業界すべての染色事業部門の純利益を超えてしまう」(八代社長)計算となる。加工料金10%引き上げへ 繊維業界存続のために 危機感を抱く染色業界では、日本染色協会が8、9月に2度にわたる会見を実施、日本毛整理協会もマスコミ向けに加工料金改定を表明した。原燃料高で厳しい状況が続く2年前から見ると、価格転嫁の達成率は業界全体で3~4割ほど(染色協会の推定)で、実態はそれより少ないとも言われる。 さらに染料の値上げという追い打ちが掛かるなか、下期に入る10月をめどに各染色企業は加工料金の引き上げを実施したい考えだ。今回の業界全体の値上げへの理解を求めるのは、染料メーカーが収支バランスではなく、製造コストそのものが上がっているうえでの値上げ要請に対し、受けざるを得ない状況のためだ。 大和染工の古田道生社長は、商品・技術開発と人材育成に対して「ただでさえ投資しにくい環境のなか、さらに投資が困難になる」と、業界の窮状を訴える。加工料金の改定は、染色業界そのものの存続のためだけではない。染色業界の声を無視することは、日本の繊維産業崩壊につながる危険性をはらんでいるのだ。ビーカー代金請求へ 1色当たり1000円 日本染色協会は、全般的な染料の値上げを受け、染料ロスの大きいビーカーの料金設定も要請していく考えを示している。ビーカーとは、本染色に入る前に染料による染め具合を確認するため行われる試験染色のこと。ビーカー依頼は業界全体で月5万件に上ると言われるが、ほとんどの染色企業が無料で受けているのが実態だ。 しかし、ビーカー染色の場合、高浴比(素材の重量に対して必要処理液量)となり、1回当たり染料の約80%が無駄になるという。東海染工の八代芳明社長は「染料がこれだけ値上がりすると、(ビーカー料金が)ゼロでは難しい」と訴える。業界ではビーカー1色当たり1000円を基本に料金を請求し、取引先に理解を求める方針を打ち出したが、現状各社の足並みは「ぶれている」と明かす。 「ある程度の生産規模にならない場合は、ビーカー代金を支払っている」(生地企画卸)と言うように、それなりに改善の方向には向かいつつある。だが、多くの企画卸をはじめとした発注側は「理解はするが、応じることは難しい」(別の生地企画卸)との見解を示し、染色企業自身も「力関係がものをいう世界。小規模なコンバーターから代金をもらうのみ」(染工場関係者)と、一律に請求していくのは難しいとの見方を示す。 もちろん、サービスだと割り切っている企業もあり、ビーカー代金は各企業の判断で請求していくことになる。ただ、染色企業の多くがビーカーで負担を強いられているのは確かだ。“無料”ということで、無駄な試験を依頼する企業やデザイナーも多く、発注側の意識に問題がないとはいえない。 ある染色企業の経営者は「大手コンバーターが支払ってくれれば、一気に問題が解決する」と思わず本音を漏らす。