季康子問、“使民敬、忠以勧、如之何?”
子曰、“臨之以荘、則敬;孝慈、則忠;挙善而教不能、則勧。”
季康子問う、民をして、敬忠にして以て勧ましむるには、之を如何?
子曰く、之に臨むに、荘を以てすれば即ち敬す。孝慈なれば即ち忠あり。善を挙げて
不能を教うれば即ち勧む。
荘:草が良く茂るさま、端正に 孝慈:目上の人や幼い者を慈しむ
忠:忠節 善を挙げて不能を教うる:能力のあるものを抜擢し、能力の無いものは教育する
Ji Kang-zi said, “How do you make the people relevant, loyal, and mutually encouraging ? "
The Master said,“ If you preside over them with dignity, they will be relevant. If you are filial and loving , they will be loyal. If you promote the good and instruct the incapable, they will be mutually encouraging. ”
季康子は春秋・戦国時代に栄えた魯の第15代君主桓公の子孫で季孫家の当主である。
BC493孔子が諸国放浪の旅をしていた時、母国に迎えた人物である。この時孔子は67歳
季康子は孔子よりずっと若いが、論語の中に、孔子との問答が沢山ある。この文章などもそうであるが、文章は簡潔であるが、示唆に富む者が多い。いずれも根底に流れるものは、国を良くするのは簡単なことだ、先ず君主は御手本を示すことだ。民はそれを真似て、国は自然に良くなる。遠くは、周の国だ。法律など何もなく、王様も何も言わないが、国はちゃんとおさまっている。云々。
これから後も、季康子とも問答は何度か、皆で考えて見よう。
(2012-7-22 Yoshi)