悪夢という名の男が見た、その後。
何処とも知れぬ所。
青と銀のコートと帽子を着込んだ男が歩いて行く。
8月の晴れの日。纏った銀に太陽を映しながら。
やがて、またたびの咲く小さな草原へ辿り着いた。
人里から少しばかり離れた、静かな静かな草原。
8月の夏の日。既に茶色いまたたびの草原は、見慣れた色を風になびかせる。
思い出す。耳の折れた茶色の猫を。
「…ココだな。」
猫は、死を誰にも悟られずに逝くものらしい。
彼女も例外では無かったのだろう。
嗚呼、矢張り。
死体を捜しに来た訳では無いが、死に場所を見つけておきたかった。
それは友人の死を受け入れる為。
死とかけ離れていて、死そのものである男にとって。
死が存在した場所は、直ぐに判る。
だからこそ予感した。
だからこそ。
風に揺れる茶色は、正しく彼女の色。
ココで逝ったのだろう。
ククク…あっけないな。実にあっけない。すぐに終わるなんて儚いね。
全く死ぬとはあっけない事だね。ククククク…。
「黙れ。」
頭に響く声。内に存在する悪夢の魔王の声。
低い口調で振り払う。
おお…怖い怖い。そう噛み付くなよアルグトラーム。
我の力を使えば猫を再び起こし、二度と倒れなくする事も出来るのだぞ?
「黙れと言っている。」
声は聞こえなくなった。
「死にたいように死ねたんだろう。」
幸せじゃないか。
死とは終わりではなく始まり。
魂を清め、再び器に移すための過程。
流転こそ万物の極み。
魂もまた然り。
それに抗う方がずっと辛いのだと、男は知っている。
「死霊も居ない。きっと後悔も無かっただろう。」
ならば、そして。
「…せめて、弔いくらいしてやりたかった。」
コートの内に手を入れる。
ぷつんと紐を切って引っ張り出したのは、銀で出来た小さなロザリオ。
そのロザリオを、またたびの根元にそっと置いた。
「魂に縁があるなら。これから先、またいずれ会う事になるだろう。」
ロザリオの側に、そっと手を下ろす。
何かが見えているのか、見えていないのか。
撫でる様に、手を動かした。
─だから今は。
「ゆっくりと、お休み。」
風が止む。またたびの流れが止まる。
静寂が辺りを包む。
アルグトラームはゆっくりと立ち上がって、帽子を深く被り直した。
帽子とコートに隠れた顔は、どんな表情をしていただろうか。
地を歩いていた猫なら、覗けただろうか。
向けられた最後の一言は
静かなまたたびの草原に小さく響いた。
「…さようなら。ゆーるん。」
明かされる過去「物語-a」
「…くそッ…一体、此処は何処なんだ…!」
深い森を、当ても無くさまようアルフォンス。既に、森を歩いて約6時間が経過していた。
手に持つ方位磁石は磁場によって狂い、正しい方向を定めない。
人の手が入らない、完全な未開の土地。
あまり地理に詳しくない彼が、一人で大陸を訪れたのがそもそもの間違いであった。
「はぁ、はぁ…困ったな、このままじゃ日も暮れてしまう…暗くなったら、森を抜けるなんて尚更…。」
歩き詰めだった彼の足は非常に重く、またおぼつかない。
何度か転ぶ事もあった。
それ程に彼は疲労していたのだ。
「…くあっ!?」
不安定な足場に足を取られ、またも転び地に伏せるアルフォンス。
打ち所が悪かったのか、体力の限界か。彼の意識は急激に薄れていった。
「ぐ、くっ…だ、駄目だ…もう…。」
言葉は紡がれる事無く、彼は意識を失った。
それと同時に、森の奥から何かが顔を覗かせ、アルフォンスに近づいていった。
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明かされる過去「物語-a」
名も無き島の大きな帝国、工業国家ヴォルクラクト。
この国の第一王宮騎士団団長、アルフォンス=アシュテムヴェレ=ヴォルクラクト。
現国王ファーゴ=ツァイベリン=ヴォルクラクトの息子であり次期国王第一候補である彼は、その高貴な身分にも関わらず積極的に騎士団員として訓練に励み、また仕事もこなしていた。
それはアルフォンスが22歳の誕生日を迎える数日前。
貿易交渉の為ドラバニア国領へ出向いていた、その帰り道での出来事。
迂闊にも道を間違え、深い森林へ迷い込んでしまった事が、彼のその後を大きく変えたのだった。