日本の本部で働き始めて2週間。



怒濤の日々でありました。


初日から終電&タクシー&早朝勤務が続きましたが、まだ自分が生きていることに感謝。


この2週間で、総理・大臣・議員・外国からの大臣
総見しました。





この組織はおかしい。です。




引き継ぎというものは1日でおわり、いきなり全てを自分一人にまかされ



相手は国なので失敗許されず。




官邸からの質問に5分以内に回答を作れ(いやいや、私この国担当して3日目なんですけど、まず質問ノ意味が分かりませんが)
国会にいってこれを○○秘書官にわたせ(いやいや、その人面識なくて誰に渡したらいいか分かりませんし、国会どでかいですしどこのどの部屋に行くとかの指示なしで行かせる?)
大臣くるから配車を全てし仕切って(いやいや配車ってまずなんですか)
電話をでれば、いきなり「ポイントの5、6、7年で大臣が出張した日は何日か述べよ」(いやいや、まずあなた誰?(て名前を名乗らない場合、ものすごい偉い人であることは分かった)そしてどの紙見ていってる??そしてそれ頭入ってること期待する?3日前までアフリカで全く違う仕事してた人に。)


ということで、なんだか毎日ものすごいプレッシャーな日々でありました。


でも昨日の夜はSADC諸国の新年会であるアフリカ大使の公邸にてパーティーに顔を出して
久しぶりのアフリカンな雰囲気がとっても楽しく、






やっぱり戻りたい!!!!!!!!






と心より思ったのでありました。

そしていまだにホテル暮らし。


来週の引っ越しが心待ちな日々であります。













この国での仕事上で絶対に忘れられない戦友。
彼のことはいつか絶対書かなきゃと思っていたので書こう。
この国の外務省の条約課長、私の交渉相手。
彼との交渉では最初の頃、あまりに横暴な相手の態度に私は交渉で一番やっては
いけないことなどもした。そう、怒りすぎて、会議を途中で退席とかね。
ちなみに私、仕事ではめったに怒りをあらわにしないタイプ。

ものすごい早口で、そしてその早さで頭脳も動いていていつもいつも言い負かされていた私。
しかも交渉内容は彼の専門分野、条約だもの。
それでも何度もあきらめずに交渉を続けていく過程で
今では一番の相談相手であり、本当に信頼できる仲間となった。
この国では電話に出ない事が当たり前なのに、電話に出れない時はメールで「後で電話する」といってくれたり、どんなに遅くなっても連絡をくれたり。
とにかくこの国のスタンダードからはあり得ないほど、私の文化にあわせてくれた。
内部的には許されていないことを彼だけの判断で便宜を図ってくれたこと、数えきれないほど。
何か頼めば必ず助けてくれた。
それは自分の仕事の枠を超えてまったく違うことを頼んでも、
「それなら○○省の局長に会え」といって、その場で電話してくれ、オフィスまで一緒に来てくれたり。
彼のおかげで私の仕事は数段やりやすくなった。
副大臣との会議でも、私の名前を出してくれ、彼女は非常に真面目にやっていると言ってくれたり。

最初の頃は交渉上、ほんと喧嘩ばっかりしていて、もう顔も見たくないと、(きっとお互い)思っていたけれど、
今は一緒にタフな交渉をやり続けた戦友。

昨日は、私がアフリカの服が好きと言っていたのを覚えていてくれて、アフリカの服を5、6枚も
プレゼントしてくれたり。
今日は外務省で関係のあったカウンターパートを呼んでくれてみんなで私のfarewell lunchを開いてくれたり。

彼からは、交渉とは、条約とはなにか、単語をちょっと変えるだけで条約の内容が大きく変わることをゼロから学んだ。

長くなったけど、とにかく彼には感謝!!
明日は彼との最後の会議。
心から感謝の言葉を彼に言おうと思う。




昨日の夜は友達と夜ご飯を食べに外へ。
といってもいつもの時間感覚なので8時に集まり、10時半頃にレストランに出掛け
食べ終わった頃は12時頃。

レストランをでて外に泊めておいた車に向かっている途中
ぼろぼろのTシャツをきた5、6才の子供がお腹がすいたと近寄ってきた。

レストランで食べきれなかった料理を持ち帰りしていたので、それを私はあげた。
でもそのあともしつこく寄ってくる。

お金がほしい、と。

日本円にして50円、ほしいとしつこくいってくる。
パンを買いたいから50円ちょうだいと。

今あげた料理は50円の何倍もする食べ物。
それを食べなさいといっても聞かない。

結局これ以上外で構っていると危ないからと車に乗り込む。
でもそれでもやめないこども。

しまいには車のドアをガンガンたたきだす。
そして手に石を持ち出してそれでたたこうとする。


ここで、限界。
一緒にいた一人は国連のセキュリティー責任者。

これ以上すると私たちに危害をあたえると判断。
車からおりて
子供を脅かす目的で大きな声で叱る。
それでも聞かない。
しまいには私たちの車でこの子供の足を引いたといって泣き叫ぶ。
5、6歳の子供が50円を欲しいがためにどんな嘘でもつく。

その間に勿論周囲も集まってみる騒ぎ。


最終的には場はおさまった。
でもこの子供、私があげた食べ物を床に捨てていた。
お腹がすいていると言っていた子供が。


あとでUNの彼に聞いたら、子供と話しているとき、ドラッグを買いたい、と言っていたらしい。
たぶんこの子は親にも捨てられ、あるいは親に暴力を振る舞われる毎日を送っている。
だから大人の彼がどんなに怒ってもそれに反応しなかった。

でもここで子供だからかわいそう、優しくしてあげなきゃと思うのはど素人の考え。
彼はこれまで戦場でいわゆるチャイルドソルジャーをたくさん見てきている。
ドラッッグ付けされた子供達ほど怖いものはないそう。
一瞬で手が付けられなくなる。
この日はこの子だけだった。
でも他のアフリカの国ではここにあと10人、20人が集まってくる。
そして銃を持っている。

彼は私が食べ物をあげたあともしつこく寄って来たのを見た時、
ドラッグ付けになっている、と思ったという。
目がおかしいと。
だから早く車に乗せてロックして出発する準備に入っていた。


考えがあって、子供たちにはお金はあげないと決めている。
ただ、いらない食べ物があればあげてもいいかな、と素人考えでやっている。
でも自分の行動には責任を持たなければいけない。
この子供とファーストコンタクトを作ったのはわたし。
その結果がどうなるかなに一つ考えずに、甘い考えでコンタクトしていたことをあとで
反省した。

とてもとても悲しい事実だけど、この子供が50円がほしいといって泣き叫んだ
姿をみて、そしてお腹が空いているだろうに、私があげた食べ物を床に捨てた姿を
みて、この国が本当に発展するのにはあと何十年かかるんだろうとおもった。