鯛よし百番見学会 其の一 | Rain Drop

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最近は、去年デビュー1周年で突然ハマったなにわ男子ネタ、更に今年沼落ちしたSnow Manネタ多し(^^ゞ

先日、友達と鯛よし百番の見学会に行って来ました。

鯛よし百番とは。

登録有形文化財。

大正時代に建てられ、かつては遊廓として使用されていた。

建物の完成年はよくわかっていないが、飛田遊郭の開業(1918年大正7年)から暫く後、1925年(大正14年)から1928年昭和3年)の間とされている。

屋号は「百番」で、土地・建物は大阪土地建物株式会社が所有していたが、1951年に菊地某が買い取り、京都の絵師、大工棟梁を動員して大がかりな改装を行った。

日光東照宮の陽明門を模した応接間の入口や桃山風の派手な装飾はこのときの制作と見られる。

1954年、宴会場「桃山閣」としてオープン。後には一部が「桃山美術館」となった。1960年代には「料亭百番」、70年代後期には「鯛よし百番」として営業。


鯛よし百番の修復のクラウドファンディングはニュースで見た記憶があったんですが、2022年に修復が完了していたようです。

見学会は友達からのLINEでHPにアクセスして知りました。

飛田新地という地名と、どういう場所柄なのかはふんわり知ってる程度😅

(気になる方は検索してみてください😅)

もちろん行くのは初めて。

やはり1人では行く勇気が出なかったと思うので、一緒してくれた友達に感謝です。

見学会とは言うものの参加者は私と友達の2人だけ(^^ゞ

おかげでガイドの方にはゆっくりと案内、説明して頂けて、めちゃくちゃ有り難かったし楽しかったです。

飛田新地の遊郭の歴史や成り立ち、吉原や島原の遊郭との違いなども聞けて勉強になりました。

現在の内装は殆どが昭和20年代に改装されたもので、一階は一言で言うなら豪華絢爛✨だけどある意味何でもありというか、もはや無秩序で俗悪💣面白い😁

2階の個室はお部屋ごとにテーマのようなものがあってそれぞれ凝った造りで面白くて見応えがありました。

ひときわ異彩を放つ百番の外観

百番の看板はけやきの一枚板で200キロもあるそうです。
修復の際はフォークリフトを使ったそうですが、建築当時は人力…大変だったでしょうね💦

西側

向かって右奥の洋風の建物(木造)も百番。


何故桐の御紋なのか…大ざっぱに言うと改装時のオーナーの趣向?らしい💣
決して豊臣家に縁があったわけではないそうです(笑)

東側

いわゆる勝手口だけど、ここの欄間にも綺麗な彫り物が施されてます。
戦後、ここは百番のダンスホールの入り口だったと教えて頂きました。


ズラリと並ぶ下駄箱(差し込み式の鍵が懐かしい😁)

入ってすぐ左側「顔見せの間」

この舞台のような所にずらりと遊女の写真が並んでいたんだとか😲

中庭
遊郭には換気や採光のために中庭が造られていたそうです。

ロビーには大きな板ガラスの引き戸(造り凝ってます)

引き戸の上のガラス窓も素敵✨

応接間の入り口。
日光東照宮を模した造りになっています。
漆塗りに螺鈿、金箔と本当に豪華絢爛
上には眠り猫がいました。

応接間内

応接間の天井絵

葵の御紋(徳川家との縁なし😅)

ロビーから2階への階段には三條大橋(左)と三條小橋(右)の欄干😅

こちらは住吉大社の太鼓橋
(左側が中庭)

そして太鼓橋の右側には同じく住吉大社の反橋

ひときわ豪華な三間、桃山殿への入り口

桃山殿は「牡丹」「鳳凰」「紫苑」の三間からなり、欄間や釘隠し、襖絵などの設えも部屋のテーマにそった造りで豪華絢爛。


廊下の屋根まで凝ってます。

この廊下の窓ガラスのカットがホントに美しかったー✨

男性用トイレ

トイレの内装(定休日だったので内部も撮らせて下さいました)


二階は其の二で(^^ゞ