ぼくが生まれてごめんなさい | 念ずれば花ひらく「会社経営」

ぼくが生まれてごめんなさい

先日、フジテレビでやっていたドラマ。

私、所用で見ることが出来なかったのですが、原作は

お母さん、ぼくが生まれてごめんなさい (扶桑社文庫)/向野 幾世
¥680
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です。

 

ゴールデンタイムの放映でしたから、ご覧になられた方も多いかと思いますが、脳性麻痺の「やっちゃん」が一生懸命に作った詩を見たとき、涙が止まりませんでした。

 

 

ごめんなさいね おかあさん
ごめんなさいね おかあさん
ぼくが生まれて ごめんなさい
ぼくを背負う かあさんの
細いうなじに ぼくはいう
ぼくさえ 生まれなかったら
かあさんの しらがもなかったろうね
大きくなった このぼくを
背負って歩く 悲しさも
「かたわな子だね」とふりかえる
つめたい視線に 泣くことも
ぼくさえ 生まれなかったら

 

この詩を読んだお母さんが更に、

 

 

私の息子よ ゆるしてね
わたしのむすこよ ゆるしてね
このかあさんを ゆるしておくれ
お前が 脳性マヒと知ったとき
ああごめんなさいと 泣きました
いっぱいいっぱい 泣きました
いつまでたっても 歩けない
お前を背負って歩くとき
肩にくいこむ重さより
「歩きたかろうね」と 母心
“重くはない”と聞いている
あなたの心が せつなくて
わたしの息子よ ありがとう
ありがとう 息子よ
あなたのすがたを見守って
お母さんは 生きていく
悲しいまでの がんばりと
人をいたわるほほえみの
その笑顔で 生きている
脳性マヒの わが息子
そこに あなたがいるかぎり

 

このお母さんの心を受けとめるようにしてやっちゃんは、後半の詩づくりにまた挑みました。


  ありがとう おかあさん
  ありがとう おかあさん
  おかあさんが いるかぎり
  ぼくは生きていくのです


  脳性マヒを 生きていく
  やさしさこそが 大切で
  悲しさこそが 美しい
  そんな 人の生き方を
  教えてくれた おかあさん
  おかあさん
  あなたがそこに いるかぎり

 

どうです?

この詩を改めて記事にしているパソコンのモニタも涙で曇ってしまいます。

 

 

実は、昨日中学で野球をしている息子の総体の試合があったのです。

過去には息子の野球ネタをこのブログでご紹介した事もありました。

 

当初、会場に行くつもりはなかったのですが(必ず勝つと思っていたので・・・)

スポーツ店を営む後輩から、「勝負は水物ですよ、万が一があります。中3で最後の総体なのだから見に行ってあげたら?」と言われ、出張していた先からちょっと中座して覗いてみたのであります。

 

試合は、まず相手に先制の1点を取られ、次の回すかさず2点を取り逆転。

そうなると最終回は、息子の出番。抑えの左腕なのです。絶対のクローザーなんです。

 

以前、練習試合でノーヒットノーランをやらかしたとき、「今後は先発やるか?」に迷いなく「嫌です」と答えたらしい。何回も投げるの疲れるからだそうで・・・(笑)

 

全く欲がない(;^_^A

 

そんな筋書きが、最終回を迎える前にどんでん返し。

 

ウチの息子が肩を暖め始めた頃でした。

 

先発くんが元ロッテの初芝の息子という4番くんにどでかいホームランを打たれる。

 

 

ブルペンの息子と顔を見合わせる私。

 

 

 

出番無く、中学3年間の野球生活を終わらせた息子・・・・・

 

 

会場を後にしながら、柄にもなく涙ぐみながら息子にメールを送信しました。

 

Subject:残念だったな

本文

野球をやってくれて有り難う

高校でがんばれな。

 

 

私は、彼が野球をやってくれたこと自体に感謝してるんです。

小中高と野球少年だった私。

 

息子とキャッチボールをするのが夢でした。

 

にもかかわらず、息子の幼少時代は「サッカー少年」

10番付けてストライカー。

 

小学5年生位からでしょうか、野球に興味を持ち始めたのは・・・

本当に野球を始めてくれて嬉しかった。

 

その彼からの返信メールは

 

ぅん!

来てくれてありがとう(>_<)

 

と短いメールでした。

 

 

親子。

障害があっても、短い生涯を終えてしまっても親子は親子。

「やっちゃん」15歳、ウチの息子も15歳。


そんなことを考えるといたわりと思いやりが何よりも大事だなとつくづく感じます。






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