









久しぶりの母の闘病記事です。
m(∪∪)m↓↓










私は、
以前、母が癌だとハッキリしてから、
父に連絡
していた。─────────
父とは、母と離婚してからも、
暫くは父の借金問題の件で、
母にも関わることに対しては私が対応していたし、
兄の起こした面倒事やら、
(-"-;)…カナリ、ヒジョウシキ

父が絡んだちょっとした近隣とのトラブル等もあって




(-_-;)…マキコマレタ

何かと
連絡はとっていた。そうしながら、
私は、
父との「今後の関係に」
色々、考えていた。
簡単に言えば、距離を置こうと思っていた。
これは、深いので。。
またいずれ、父との関係編か何かで、別記にしたい。。。
で、
相次ぐトラブルばっかりの理由で接してた私も
神経が衰弱していたので
。(;´д`)シリヌグイ、ウンザリィ…
少し距離をとるために、
どうしても必要な事以外は
しなかった。離婚しても「籍だけの話し」だと、
借金のせいで仕方ないだけと
思っているっぽい父に、



私は母にも、釘を刺していた。
『もう、離婚したのだから、ズルズルけじめなくしないで、ラインを引いてね。』と。
母も深く頷いていた。
でも、どんなに嫌気がさしても情がある。
家庭を省みない勝手な父に、50年近く、振り回され続けた母にとって…
父との腐れ縁は…
きっと。。。
親子の情よりも
長年連れ添った「夫婦の情」は深いのかもしれない。。。
それでも、
この機に、
敢えて、
懲りなく面倒を見てしまう母にも、
娘として冷静にダメ出しをしたのでした。。。
因みに、借金取りから逃れるために、
父は母を放置で
、家から逃げてって…
(
だけ繋がってたケドね…
)(借金が)発覚して、
立て込んでから、
数週間後に…
父の印鑑付きの離婚届けがポストに入ってて。
Σ(゜д゜;)……
結局、不在のまま離婚に至ったんですがァ、、、
(-"-;)ホント、カゾクヲ、ナメテル
で、そのままその後も
私たち家族は、
住んでる場所も知らされず
でした
。聞いても『オレはホームレスだから
』と。あっそー

どうせ、愛人宅だからだろうと、
分かってますけどねぇ~


そんな
なので
連絡の手段は
のみ。本当に勝手な父でした
。──────
そんな経緯もあって、
改まって父に連絡するのは数ヶ月ぶりだったと思う。
そんな父だが、
少しは、身体の心配とかはしてた。
どうしてるかな(゜゜)
って。
ちょっとだけ緊張の面持ちで掛けた。
父が出た。
父『あ、もしもし?』
…愛想のない嫌そうな声
。私『もしもし、もぐら。』
父『あぁ、ナンダぁー?』
ハッキリ言って、
ものっそぉーい(もの凄い)
感じ悪い話し方(-_-;)。
一瞬で
切りたくなる
。受け流しつつ
(-"-;)
私『元気?』
父『あぁ?まぁ、適当にやっとるわっ。
別に、用もなけりゃァ~
だっれも、電話も、
掛かってこんしっ。
あー、お前もしぃも掛けてもきやがらせんが、
(掛けても来ないが)
オレは誰の世話にもならんで、ひとりでやってくって思っとるから、どってコトないで、
~(ナンちゃらカンちゃら)~』


(-_-;)完全に拗ねてる。
面倒臭っ

|\(-_-;)知ってる、知ってる。
自分のしたこたぁー、
棚に上がってんだよね。
(-_-;)
んで、連絡よこさないって、孫にもアタって拗ねてるんだよね。。。

あぁーーー



もおッ




そうゆう人だったよ


ヤサグレて
愚痴り始めた父に
イラッ

ときたけど、大事なコトを言いたい訳で……
堪えて、
やかましい父を黙らすべく、
私は口を開く…
私『そんな事より、母さんの事なんだけどっ。』
父『Σな、なんだ。バッさんか?!(母さんの呼び名)あぁーどぉしたぁ。』
話しを切られ、母のコトと聞いて、また更に、



ふて腐れた口調の父
。どーせ、別れたんだから
_(ノ-_-)ノ~┻━┻
と、イジケてる感じ。
ハァ

ちっちゃい、
して、メンドグサイ
…
こんな切り返しと、切り出しもどうかと思うが…
私は、
父のグチグチがウンザリになり…
私『母さん、もう、長くない。』
と、ズバンと直球で言い放った。
父『ンァ……?………
あ
な、な、長くないって、なんだっ?!!』明らかに意表を突かれて、動揺の父
。父『死ぬってことかァっ
』ナンダ…この会話…



私『うん。。』
一瞬沈黙。
父『……何でだ?』
私『癌だって。』
この時、
転移性の肺ガンだと分かって、これから元を探す段階だったので、私は全部、説明し、
私がこの時点で分かっていた、
こうなるだろうと言う予測もつけ加えて…
話して聞かせた。。。
私は『離婚したとはいえ、知らないのも何だから……伝えておこうと思った』と言うと、
父は『それはそうだ』と頷いていた。…。
急に大人しくなって、
父『そっか…ちゃんと分かって、何かあれば、何でも言えよ?』
と、言っていた。
そんな口調の変化から、
ショックを受けた様子も伝わってきた。。。
本当は……
ワタシは…
この時、私は病院
探しに必死で、父に知恵を貸してもらえるかとも思っていた。
出来れば、母と私の為に、「一緒に動く」と言ってくれるかと、期待もしていた。
でも、結局私は、
それを口には
しなかった。。。
できなかった。。。
父は、私に任せていれば、
大丈夫だと思っているようだった。
しっかりしてる娘だと
思われて育ってきた。
だから、父は、「オレも!」なんて、
思わないようだった。
離婚していなかったら、
多分、一緒に動いていただろう。。。
父は勝手だけれど、情に弱いタイプだ。
それに、ずっと亭主関白だったから、
凄く当たり前に、
自分が動いていただろう。。。
そして私がサポートしていただろう。
離婚して以来、
こうして…互いに過ぎてしまったから。。。…
父は、
母の事に手出し出来る立場じゃないと、
そう思っている様だった。
父は弱い人でもあるので、
自分にそう言い聞かせ、
母の病気(死)から
上手く逃げてしまってるのが、
会話からも伝わってきた。
だから、私は、
助けてとは言えず。
『ありがとう』
だけを言って、
(ノー ゚̄。)
静かに
を切った。その後にも、1・2回、連絡をした。
子宮ガンだと分かった時、半年だと余命も告げた。
父『は、半年じゃ…は、春までじゃないか……』
と、短期間の内に
「別れ」がもっと近づいてきてることを実感し、
更に、ショックを受けた様だった。
受け入れてくれる病院
を探して苦労してることに対しても、『そんな状態なのに、なんで病院
は受け入れぇーせんのだ
』と、憤りを隠せず怒っていたけど、
私に、仕方ない事もあるんだ
となだめられ。父にも分かるように、厳しい病状や医療の現実も伝え話して聞かせて…
どーにもならずに手をこまねいている
苦しさを私も父にこぼした……父は、私に同調し、
この時は流石に、
私や孫達の様子も…
親らしく、祖父らしく、
気に掛けてくれていた。。。
それから、
母が倒れた事で入院先が急に決まった時にも、
連絡を入れていた。
余命の見立てが変わった話しも伝えた。。。









父は、
聞く度に、迫ってくる
母との別れの話しを…
毎回、
どんな気持ちで聴き、
過ごしていたのだろうか。。。。。








そして、今日。
今夜が峠と告げられた今。
直ぐ、父にも
した。やっと入院出来て。
たった3日目。
プルルルルルル………
私『…父さん?…
…母さんが…ね……
…今夜が、峠だって…
…( ┰_┰) 』
父『ぇあ?…

』私『……見舞ってやって。。。』
(ノー ゚̄。)…
父『…
…分かった。病院は、何処だっけ
』仕事中の父は、直ぐに片付けて、夜には行けると言った。
私は
父と、約束していた。
入院して落ち着いたら、
一度、見舞いに来て欲しいと。
父は勿論行くと言っていた。
そして、
母さんに
謝ってくれと、
私は言った。
ちゃんと……
これまで、
好き勝手にやったコト、
裏切ったコト、
迷惑かけ、
苦労かけてきたコト、
年老いて尚、
守ってあげなかったコト…
謝ってあげて欲しかった。
少しでも、母を労ってあげて欲しかった。
だから『詫びて欲しい』と。
泣いて訴えた。
父は、
『あぁ…分かった。』
と、私に静かに返した。
母には、痛みや苦しみを取るために
医療麻薬が投薬されるコトになった。
モルヒネ。
これは、痛みを和らげる替わりに
意識障害を起こすと、主治医が言っていた。
峠を越えて…3日持っても…
徐々に意識が混濁して、
話しも儘ならなくなって、
誰かも分からなくなると言っていた。
そうなんだ。
もう、母と話を出来る時間も本当に僅かだった。
父さん、母さんの為に、
母さんの最期に…
居てやって。。。
何か言葉を掛けてやって
…(ノー ゚̄。)
…つづく