
4ヶ月前の今日。
10月14日。
この日は母の
77歳の誕生日
きっと、
今日が最後の
Birthdayになるだろう。。。
イヤだけど、そんな事を考えてしまう。
母さんがいないだろう来年の今日とか…悲しいことをわざわざ想像してしまう。
なんでかな?
心の準備みたいなものなのかな。
本当は、そんな寂しいこと考えたくはないのに、
考えてばかりいる。
そんな自分はどこか薄情者のような気がして。
想像する度に、チクッて
罪悪感がする。
('~`;)
でも、きっと、
恐怖とか不安とか寂しさとか哀しみとか…
シミュレーションしていないと、
いられない感じもあった。
だって、もしも話なんかじゃない。
現実に起こる話だから。
逃げられない。
もしも話 なら、
そんなことを考えて現実になったら怖いから、
頭に過っても、
ブンブン首を振って、直ぐに打ち消しているだろう。
母は私を40歳で産んでくれた
昔にしたら随分な高齢出産だ。
私は36だけど…この後4年後に…出産し、育児が出来るか?
多分ムリだ(^o^;)。
それだけで母をすごい
と思う。
でも、子供の頃は、若いお母さんに憧れてもいた
。
正直、見た目…もあったけどヾ(≧∇≦)〃ヤダヤダ
それ以上に
いつも、母の歳を気にしてしまうのは、
早く死んじゃったらどうしよう…(´Д`;)って(笑)
なぜか、心配している子だった(^o^;)。
でも、心配しては頭をブンブン振って、打ち消すワタシ(笑)σ( ̄∇ ̄ )アホチン。
なんでそんなに、死んじゃったらって怯えていたんだろう(笑)
いつも、働き者の母を見ていて不安だった。
内職やパートをしながら、家事も完璧にこなしていた(・o・)ノォオオ
時々働かなくなる父の代わりに、色々やりくりしていた。
だから、余計に、過労で死んじゃわないか
と
心配だった( ´△`)ノ。
昔から『母さんは身体だけは、丈夫いから♪大丈夫(^-^)b』が口癖だった。
すると、何だか余計に不安になる心配性の子供だった(^o^;)
だから、今でもムリして『大丈夫』と言われるのは、イヤだった
。
そんな(どんな?)母さんの誕生日。
何をしてあげたら、喜ぶかな?(*´▽`*)
食事はいけない。
食べれるものなんかない。
洋服や小物も…
そんなの構ってるような場合じゃない。
身の回りのことに精一杯で、そんなん、もうどうでもいいって。
そうだよね
じゃ…何してあげよう。
(-_☆)キラァン
私は直ぐに思いついた☆
あれしかない(^_-)
お花だ


母さんは花が好きな人で。特に、挿し木や挿し芽
で育てるのを好んでよくやっていた。
そんな母に、
私は、母の日にも誕生日にも良く、花をあげていた(^-^)。
そして、母親ゆずりなのか…私もお花が大好きで

。
趣味が高じて、植物の勉強をし、ガーデンデザイナーって肩書きで、庭の設計や植栽の仕事をやっていた
色々な経緯で花屋さんで働くことにしてフローリストに転向していたが、
今回、母の病気を機に
花に携わる仕事を辞めたのだった。
私の植物好きは病気だ
(笑)
今まで、支え応援して来てくれてた母に。
文字通り、
最後の花
を飾ってあげたい(*´▽`*)。
そして、私のこれまでの集大成として、母さんに見せたかった。
私は、その日、
朝から、
抱え切れない程の沢山の花材を買いに行き

母さんちに向かった

。
車から何度も往復して母さんちに運び入れると、近所の人達に
『きれいなお花~スゴいわね~
どうするのぉ?』
と、聞かれ(笑)
『母の誕生日なんです
。部屋中に飾れるように、これから作るんですぅ(^^;ゞ』
と、言うと、
『いいわね~
羨ましいわねぇ』
と、言われたのでした(^^ゞ。
私は、心の中で少し誇らしくも思ったけど、
やっぱり、お花だけじゃなく、家族で食事したり、出掛けられたら…その方がどんなに素敵か…とも思った。
でも、これが、今の母にとっては、
一番喜んで貰えそうな最高のお祝いの仕方だった。
ただ、それだけ。そんなに人に羨ましがられることなんてないね…
。
それでも、特別な日にしてあげたかったから。
そう言われて、少し、安心した

母さんも、次々と運ばれる花材にビックリしてた
。
私『母さんの誕生日だから
お花買ってきた
何も食べれないしぃ、どっこも行けないから、花見て癒されてよ

』
と、言うと
母『わぁ(*´▽`*)うれしい
』
と、喜んでくれた。
私『ここで暫く作るから、横になってていいょ
』
と、勝手にごそごそ作り始めた
母さんは、私の向かいに座り、時々(-。-)y-~タバコを吸いながら見てた。
作りながら、色々と話しもした。
仕事を応援してくれてた感謝や、お花のテクニックや、病気のことや、今後のことも、色々。
重くならないように、
ラフ
な感じで、
笑顔で
。
暫く話していたけど、作りに夢中になって行き、
自然に口数は減っていて。
何度も『横になりなよ
』と言ったけど、
母もそのまま静かに見つめていた。
花と私の作る姿を。
母『あんたは…本当に花が好きなんだねぇ…花触ってると、活き活きしてるよ。いい顔してる…』
夢中で真剣に作る私に話しかけてきた。
私『(^^)そう?』
母『うん、前もあんたん家で作ってる時に思って言ったと思うけど、普段、そんな顔見たことない(笑)仕事でもそうゆう顔してたのかねぇ。』
私『うん、多分、ね。(花は)病気だからね
(笑)』
母『…そんだけ好きなのに、あたしのせいで、辞めちゃって、悪かったねぇ。。。』
と、謝るのでした。
私『いいんだよ
。花の業界は華やかな見た目とは違って、不規則な上に肉体労働じゃん

ホントに好きじゃないと、続けられない仕事だよ。でも、それだけじゃない
。これまで、厳しくても大変でも、好きなことだからって、やれて来られたのは…陰で母さんが、支えてくれて来たお陰だから
。最後の最後は、身体まで壊して…母さんにも辛い思いまでさせちゃったけど…その分、欲しい技術も身にけたから
。技術と引き換えにした代償はでかいけど…
。……母さんや子供達にはホントに申し訳ないこともしたけど
…私にとっては、得たものもいっぱいあってね
。全てを無くした訳じゃないから
。』
と、本心を伝えた
。
母『そっかっ。あんたにそう言われれば、本望だよ。少しでも役に立ったと思えば、あんたにしてきた心配も報われるょ
』
と、嬉しそうに言うのでした。
母とは良く、ケンカもしてきたけど。
想い合える、家族だった。
想いのすれ違いもあったけど。
この日までの私の人生、
36年と11ヶ月間。
変わらない愛で、一番長く想ってあげれた家族は、
母さん…貴女だけだょ
。
ありがとうね…

花束、ブーケ、一輪挿し、アレンジメント…
幾つも幾つも作った。
部屋中のあちこちに飾った。
寝ていても、寝返りうっても、トイレに行く時も、起きている時も…何処に居ても、目に入るように沢山作って置いた。
優しい色の甘い香りのするシンビジウムは母さんの心を和らげてくれた。
ビタミンカラーで元気をくれるピンクッション(熱帯の花)は母さんの好きな花だった。
可愛いハートのアンスリウム。ピンク、白、オレンジ色とりどりに選んだバラは、あちこちにふんだんに盛り込んだ。
たくさんの可愛い小花達。リンドウや枝物、季節の花も入れて母さんの部屋を、花畑のように彩った

。
母さんは、まさかその全部が自分のプレゼント
とは思っていなかったらしく(笑)
目を白黒させて喜んでいた(*´▽`*)

私んちにも2・3(個)持ってけって言ってた(笑)。
『全部、母さんの為に作ったんだょ
。私のこれまでの全部
で作ったんだから。支えられながら得たモノの集大成を母さんに
見せてあげたかった(^_-)。』
と言うと、『ホントにお見事
キレイだぁ』と褒めてくれた(*´艸`*)。
病気の身体では『手入れができないから』と恐縮もしていたが(笑)
『私が毎日くるから、そんな心配ないじゃん
』と
言うと、
『そっか』と笑って
とても
嬉しそうにしていた
。
母『あぁ、花はいいねぇ。心が和むよ

。ケーキなんかよりよっぽど、いい
』
と、甘いため息を付ながら何度も何度も、和むねぇと言うのでした


私の方が癒されたよ。
久しぶりに花に触れて。
何より、
母さんのその顔
を見て。
ホッとした顔見るのは、本当に久しぶりだったから。。。
大切な人が安らいでくれることが、こんなにすごく幸せで
。
私は、
世間で言う不幸の中に、
本当の幸せ
を感じたのでした。
どんな渦中にいても、
幸せ感ってヤツは「ある」のだと。
じんわり湧いて来て、
あったかぁい
気持ちになるのでした。
ない幸せを求めるより、
今ある、幸せを

感じて生きよう
と。
失う怖さより、得る可能性を見つけよう
小さくてもいい。
それが支えになるのだから。
私は、母と幸せな時間をもっともっと沢山作って行こう(^^)と、思ったのでした。
一緒に笑お
一緒にね
(*^o^)/\(^-^*)
そしてまたがんばれぇ
と活力に変えて行ける気がしたのでした。p(^-^)q
…更なる大きな衝撃が
ほんの数日後に、
待っているとも知らずに……
10月14日。
この日は母の
77歳の誕生日
きっと、
今日が最後の
Birthdayになるだろう。。。
イヤだけど、そんな事を考えてしまう。
母さんがいないだろう来年の今日とか…悲しいことをわざわざ想像してしまう。
なんでかな?
心の準備みたいなものなのかな。
本当は、そんな寂しいこと考えたくはないのに、
考えてばかりいる。
そんな自分はどこか薄情者のような気がして。
想像する度に、チクッて
罪悪感がする。
('~`;)でも、きっと、
恐怖とか不安とか寂しさとか哀しみとか…
シミュレーションしていないと、
いられない感じもあった。
だって、もしも話なんかじゃない。
現実に起こる話だから。
逃げられない。
もしも話 なら、
そんなことを考えて現実になったら怖いから、
頭に過っても、
ブンブン首を振って、直ぐに打ち消しているだろう。
母は私を40歳で産んでくれた
昔にしたら随分な高齢出産だ。私は36だけど…この後4年後に…出産し、育児が出来るか?
多分ムリだ(^o^;)。
それだけで母をすごい

と思う。でも、子供の頃は、若いお母さんに憧れてもいた
。正直、見た目…もあったけどヾ(≧∇≦)〃ヤダヤダ
それ以上に
いつも、母の歳を気にしてしまうのは、
早く死んじゃったらどうしよう…(´Д`;)って(笑)
なぜか、心配している子だった(^o^;)。
でも、心配しては頭をブンブン振って、打ち消すワタシ(笑)σ( ̄∇ ̄ )アホチン。
なんでそんなに、死んじゃったらって怯えていたんだろう(笑)
いつも、働き者の母を見ていて不安だった。
内職やパートをしながら、家事も完璧にこなしていた(・o・)ノォオオ
時々働かなくなる父の代わりに、色々やりくりしていた。
だから、余計に、過労で死んじゃわないか
と心配だった( ´△`)ノ。
昔から『母さんは身体だけは、丈夫いから♪大丈夫(^-^)b』が口癖だった。
すると、何だか余計に不安になる心配性の子供だった(^o^;)
だから、今でもムリして『大丈夫』と言われるのは、イヤだった

。そんな(どんな?)母さんの誕生日。
何をしてあげたら、喜ぶかな?(*´▽`*)
食事はいけない。
食べれるものなんかない。
洋服や小物も…
そんなの構ってるような場合じゃない。
身の回りのことに精一杯で、そんなん、もうどうでもいいって。
そうだよね

じゃ…何してあげよう。
(-_☆)キラァン
私は直ぐに思いついた☆
あれしかない(^_-)
お花だ



母さんは花が好きな人で。特に、挿し木や挿し芽
で育てるのを好んでよくやっていた。そんな母に、
私は、母の日にも誕生日にも良く、花をあげていた(^-^)。
そして、母親ゆずりなのか…私もお花が大好きで


。趣味が高じて、植物の勉強をし、ガーデンデザイナーって肩書きで、庭の設計や植栽の仕事をやっていた

色々な経緯で花屋さんで働くことにしてフローリストに転向していたが、
今回、母の病気を機に
花に携わる仕事を辞めたのだった。
私の植物好きは病気だ
(笑)今まで、支え応援して来てくれてた母に。
文字通り、
最後の花
を飾ってあげたい(*´▽`*)。そして、私のこれまでの集大成として、母さんに見せたかった。
私は、その日、
朝から、
抱え切れない程の沢山の花材を買いに行き


母さんちに向かった


。車から何度も往復して母さんちに運び入れると、近所の人達に
『きれいなお花~スゴいわね~
どうするのぉ?』と、聞かれ(笑)
『母の誕生日なんです
。部屋中に飾れるように、これから作るんですぅ(^^;ゞ』と、言うと、
『いいわね~
羨ましいわねぇ』と、言われたのでした(^^ゞ。
私は、心の中で少し誇らしくも思ったけど、
やっぱり、お花だけじゃなく、家族で食事したり、出掛けられたら…その方がどんなに素敵か…とも思った。
でも、これが、今の母にとっては、
一番喜んで貰えそうな最高のお祝いの仕方だった。
ただ、それだけ。そんなに人に羨ましがられることなんてないね…

。それでも、特別な日にしてあげたかったから。
そう言われて、少し、安心した


母さんも、次々と運ばれる花材にビックリしてた
。私『母さんの誕生日だから
お花買ってきた
何も食べれないしぃ、どっこも行けないから、花見て癒されてよ

』と、言うと
母『わぁ(*´▽`*)うれしい
』と、喜んでくれた。
私『ここで暫く作るから、横になってていいょ
』と、勝手にごそごそ作り始めた

母さんは、私の向かいに座り、時々(-。-)y-~タバコを吸いながら見てた。
作りながら、色々と話しもした。
仕事を応援してくれてた感謝や、お花のテクニックや、病気のことや、今後のことも、色々。
重くならないように、
ラフ
な感じで、笑顔で
。暫く話していたけど、作りに夢中になって行き、
自然に口数は減っていて。
何度も『横になりなよ
』と言ったけど、母もそのまま静かに見つめていた。
花と私の作る姿を。
母『あんたは…本当に花が好きなんだねぇ…花触ってると、活き活きしてるよ。いい顔してる…』
夢中で真剣に作る私に話しかけてきた。
私『(^^)そう?』
母『うん、前もあんたん家で作ってる時に思って言ったと思うけど、普段、そんな顔見たことない(笑)仕事でもそうゆう顔してたのかねぇ。』
私『うん、多分、ね。(花は)病気だからね
(笑)』母『…そんだけ好きなのに、あたしのせいで、辞めちゃって、悪かったねぇ。。。』
と、謝るのでした。
私『いいんだよ
。花の業界は華やかな見た目とは違って、不規則な上に肉体労働じゃん

ホントに好きじゃないと、続けられない仕事だよ。でも、それだけじゃない
。これまで、厳しくても大変でも、好きなことだからって、やれて来られたのは…陰で母さんが、支えてくれて来たお陰だから
。最後の最後は、身体まで壊して…母さんにも辛い思いまでさせちゃったけど…その分、欲しい技術も身にけたから
。技術と引き換えにした代償はでかいけど…
。……母さんや子供達にはホントに申し訳ないこともしたけど
…私にとっては、得たものもいっぱいあってね
。全てを無くした訳じゃないから
。』と、本心を伝えた
。母『そっかっ。あんたにそう言われれば、本望だよ。少しでも役に立ったと思えば、あんたにしてきた心配も報われるょ

』と、嬉しそうに言うのでした。
母とは良く、ケンカもしてきたけど。
想い合える、家族だった。
想いのすれ違いもあったけど。
この日までの私の人生、
36年と11ヶ月間。
変わらない愛で、一番長く想ってあげれた家族は、
母さん…貴女だけだょ
。ありがとうね…


花束、ブーケ、一輪挿し、アレンジメント…
幾つも幾つも作った。
部屋中のあちこちに飾った。
寝ていても、寝返りうっても、トイレに行く時も、起きている時も…何処に居ても、目に入るように沢山作って置いた。
優しい色の甘い香りのするシンビジウムは母さんの心を和らげてくれた。
ビタミンカラーで元気をくれるピンクッション(熱帯の花)は母さんの好きな花だった。
可愛いハートのアンスリウム。ピンク、白、オレンジ色とりどりに選んだバラは、あちこちにふんだんに盛り込んだ。
たくさんの可愛い小花達。リンドウや枝物、季節の花も入れて母さんの部屋を、花畑のように彩った


。母さんは、まさかその全部が自分のプレゼント
とは思っていなかったらしく(笑)目を白黒させて喜んでいた(*´▽`*)


私んちにも2・3(個)持ってけって言ってた(笑)。
『全部、母さんの為に作ったんだょ
。私のこれまでの全部
で作ったんだから。支えられながら得たモノの集大成を母さんに
見せてあげたかった(^_-)。』と言うと、『ホントにお見事
キレイだぁ』と褒めてくれた(*´艸`*)。病気の身体では『手入れができないから』と恐縮もしていたが(笑)
『私が毎日くるから、そんな心配ないじゃん
』と言うと、
『そっか』と笑って
とても
嬉しそうにしていた
。母『あぁ、花はいいねぇ。心が和むよ


。ケーキなんかよりよっぽど、いい
』と、甘いため息を付ながら何度も何度も、和むねぇと言うのでした



私の方が癒されたよ。
久しぶりに花に触れて。
何より、
母さんのその顔
を見て。ホッとした顔見るのは、本当に久しぶりだったから。。。
大切な人が安らいでくれることが、こんなにすごく幸せで

。私は、
世間で言う不幸の中に、
本当の幸せ

を感じたのでした。どんな渦中にいても、
幸せ感ってヤツは「ある」のだと。
じんわり湧いて来て、
あったかぁい
気持ちになるのでした。ない幸せを求めるより、
今ある、幸せを


感じて生きよう
と。
失う怖さより、得る可能性を見つけよう

小さくてもいい。
それが支えになるのだから。
私は、母と幸せな時間をもっともっと沢山作って行こう(^^)と、思ったのでした。
一緒に笑お

一緒にね

(*^o^)/\(^-^*)
そしてまたがんばれぇ
と活力に変えて行ける気がしたのでした。p(^-^)q…更なる大きな衝撃が
ほんの数日後に、
待っているとも知らずに……
