

。母の全身を調べた結果が出ました…。
結果は肺を診て貰った病院で聞くことになっていました。
検査の結果、癌の元は…
子宮にあるようでした。
ですが、肺を診てもらった総合病院には、婦人科は入っておらず…
その病院で、入院して治療していくのはムリでした。( ┰_┰)
癌の全身検査をしたPETセンターは、
診て貰った総合病院の姉妹病院で、隣町に在りました。
困っている私達に、看護婦さんが『そこには婦人科がありますよ』と教えてくれたのですが…
最初に分かっていた肺の方を診る呼吸器科はありませんでした

医者は静かに『紹介状を書くので、どこか診てもらえる病院を探して下さい。』と言いました。
私は『検査して待ってた間にも衰弱してます

直ぐにでも入院させてあげたいから、病院探したら
…すぐっ
直ぐに
紹介状書いて下さい
』と、その場ではどうしてあげる事が出来ない苦しさのまま、そうお願いして診察室を出ました。
全身の写真を見せて貰いながら、検査結果を聞いていた時…
他の臓器にも、所々影が見えていました。
恐らく、子宮からリンパ腺に転移して、肺へ…そしてあちこちにも……
ひとつひとつの部位を分けて診て貰っていては、ラチが開かないことは、分かっていました。
専門外の部位に対しては、詳しい説明はしてもらえなかったのですが、
写真と医者からの少ない言葉からも
十分に…
初期ではないと解りました(;_;)。
覚悟はしていたつもりですが、
予感が現実になったショック、
驚き、
不安…
母の手前、平静を装っていましたが。
いったい、私はその時、どんな顔をしていたでしょうかね……
診察室には一緒に親子で入って、
全て、見て、聞いていたのですが。
診察室を出て、待合室で母と暫く座っていると、
少し無言の時間が私達を包みました。
母は、体調が思わしくないせいか、元々、天然なトコがあるからか…
私ほどは、きちんと理解していないようでした。
いや、
聞いてはいても、あれこれ『察する』と言う能力までは、
体調の悪い母には、なかったのかもしれません。
…不安そうに私を伺っている母に気づいて、私は、しっかりしてかなくてはと、強く思ったのでした。
そして、ゆっくり口を開き、
『これから大変だぁ
病院、探さなくちゃいけないね( ´∀`)
』と、しっかりとした優しい口調で母に話し掛けました。すると、母が……
『じゃ、今まで診て貰ってた町医者に通院で治すって訳にはいかないのかねぇ?』
イ゙?(゜д゜;)………
……プチッ ……(°Д°)ハイ?
ピュ~ン
(ノ_ _)ノ=зドテッワタシ、ズッコケチャウヨ(゚~゚;)
ええ、でも、
笑えませんよ。
ホント。
笑えませんって。
スゴくイライラしちゃって(-_-;)。
優しく包んで安心させてあげたいのに…
笑えません。
だって、母本人は、至って大マジメなんですもん
デタ、テ、テンネン…
この親子の温度差(-_-;)
……笑えませんでした。
どうしようもなくイライラしました






『ムリでしょっ(#`皿´)…ったく、お母さん…自分のこと、解ってるの?』
と、聞くと
疲れた様子で、
『うん
、癌なんだよね?肺も子宮も。。。だけど聞いててもワタシは、チンプンカンプンで頭パニック、なっちゃってぇ
………私じゃ、病院とか良く分からないから。全部もぐら(私)さんに任せるから
。よろしくね。。。あんたも大変で、わりぃけど…
頼んますね
…』と弱々しく言うのでした。
( ´△`)かあさん…
衰弱が酷くなって、外出も儘ならないのに、
病院、病院で…
疲れたね…

ごめんね、いつも優しくない娘で

私、母さんが落ち着いて、入院して、安心

出来るように、がんばるからね
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そこから、なるべく近くで病院を探し、
週明けを待って、直ぐに、紹介状を書いてもらうと、その足で
そのまま行ってみました。国立病院です。
その日はたまたま、診てもらうための婦人科は休診日でした


一番早い日を予約をして改めました


ゴメン、カアチャン前回の病院の時くらいから、
母の身体は自分で歩くのもシンドイ状態で、足の痛みも増してきてて
私に支えられながら杖を付き、病院等では少しでも楽なように私が車椅子
を押してあげていました。因みに、最初の検査からここまで、ちょうどひと月が経ち、10月の頭になっていたのでした
。日に日に衰弱する母に、私は、何度も家で一緒に暮らそうと言いました。
身の回りの事だけでも、大変な状態でした。
でも母は『大丈夫だから、自分の楽な時に良いように、やってるから、それがいい』と言って、断るのでした。
来たくなかったのではないと思います。
母の性格から、これ以上、娘や孫に迷惑かけたくない思いが強かったのでしょう



受験を控えてる長男をとても可愛がっていました。大事な時期に心配させたくなかったのでしょう。
何より、心療内科に通いながら、過ごしている私の健康状態を一番心配していたのです。( p_q)
ずっとずっと心配し、自分が大病なのに、それでも私の身体ばかりを気遣っている母でした
。実際に、家に来たとしても…満足な面倒なんて見てあげれない自分が苦しかった
。私も、
そんな厳しい現実を次々に受け止めるのに精一杯だった。
たったひとりで背負って、
陰では、
毎日、毎日、とめどもなく泣き腫らしては、我に返り、
次を考え、また覚悟し、
そして動き…と。
心はハードな状況だった。
自分が早く良くなって、母のお世話をしたい気持ちとはウラハラに、
重い現実で更に
体調は悪化していたのでした。。。
つづく…