「若葉マークだらけのヴェゼルと、30万円の思い出」
特別な出来事があったわけではない。ただ、日常の中でふと気になったことを書いてみようと思う。先日、隣の家の若者がHONDAのヴェゼルを買った。まだ免許を取ったばかりなのだろう。車庫入れをしている姿を見かけたのだが、どうにも様子がおかしい。前に出る。止まる。ハンドルを切る。少し下がる。また止まる。それを何度も繰り返している。しかも、車の動く速度がやたらと遅い。「カタツムリか?」思わずそう思ってしまった。しかし、本人は至って真剣である。しばらくすると、どうにか車庫に収まった。ヴェゼルも、本人も、ようやく一息ついたように見えた。後日、その家の前を通ったとき、ヴェゼルを見てみると、さらに面白いものが目に入った。初心者マークが、ダッシュボードの両側に二つ。そしてボンネットの真ん中に一枚。さらにフロントガラスの内側には、自動車学校の卒業記念品らしきものが入った祝い袋まで置かれている。ここまで来ると、初心者であることを隠す気はまったくないらしい。それを見て、私は少し笑ってしまった。今の若者は真面目なのだろうか。それとも、私たちの世代とは何かが違うのだろうか。私が免許を取った頃は、若葉マークを貼るのが恥ずかしかった。違反だと分かっていても、意地でも貼りたくなかった。「初心者だと思われたくない」ただ、それだけだった。今思えば、実にくだらない意地である。それに比べれば、隣の若者は潔い。初心者であることを堂々と宣言している。むしろ、こちらのほうが正しい。ただ、一つだけ気になることがある。免許を取ったばかりで、あの車庫の大きさに対して、少々立派すぎるヴェゼルを選んだことだ。よほど欲しかったのだろう。余計なことだが、残価設定ローンだったりするのだろうか。まあ、それも本人の自由である。そう考えているうちに、ふと昔の自分を思い出した。私にも、そんな時代があった。二十代前半。当時、世に出たばかりのTOYOTAソアラ2800GTが欲しくて仕方がなかった。価格は約280万円。今の感覚なら800万円くらいになるだろうか。若造の私には、決して安い買い物ではなかった。それでも買った。欲しかったからだ。仕事で使っていたTOYOTAコロナから、初めて自分のソアラに乗ったときの感覚は今でも覚えている。ドアを閉める。エンジンをかける。走り出す。すると、それまで聞こえていた外の音が嘘のように消えた。車内は静寂に包まれた。「なんて車なんだ」そう思った。ところが、その静かさが災いした。ソアラに乗り始めて、まだ一ヶ月ほどだった頃。左折しようとした。そのとき、左後方から近づいてきた原付スクーターに気づかなかった。巻き込んだ。事故である。私は車を降り、転倒した相手を起こした。「警察と救急車を呼ぶので、ここで待っていてください」そう言った。ところが、その人は斜めになったハンドルにつかまると、何事もなかったかのように走り去ってしまった。私は、その場に立ち尽くした。呆気に取られるとは、まさにあのことだった。今になって考えてみれば、相手にも相手の事情があったのだろう。車を見て、修理代のことを考えたのかもしれない。無保険だったのかもしれない。あるいは無免許だったのかもしれない。本当のところは分からない。結局、私のソアラの修理代は、特別塗装だったこともあり約30万円。車両保険を使ったので、私の負担は5万円ほどで済んだ。あれから何十年も経った。車の価格は、ずいぶん高くなった。一方で、若者の車離れという言葉を聞くようになって久しい。だからこそ、隣の家の若者が新しいヴェゼルを買ったことが、なんとなく嬉しい。車庫入れに何度も切り返している。速度はカタツムリ並み。初心者マークは、これでもかというほど貼ってある。それでもいい。むしろ、それでいいのだと思う。最初から上手に運転できる人なんて、そうはいない。私だって、ソアラを買った一ヶ月後には原付を巻き込んでいる。そう考えると、あの若者の車庫入れを笑っている場合ではない。もしかすると、あのヴェゼルの後ろには、何十年後かの思い出が待っているのかもしれない。本人にとっては、人生で初めて買った大切な車。そしていつか、その車を見ながら、「あの頃は、車庫に入れるだけで大変だったな」と思い出す日が来るのだろう。そういう思い出を作るためにも、車は悪くない。できれば、事故だけは起こさずに。私のソアラのように、人生の早い段階で一つ大きな思い出を作ってしまうと、あとが大変だから。では、今日も良い一日を。