運転免許の更新を終えた帰り道、私は妙なことを考えていた。
更新手続きそのものは終わった。深視力検査にも何とか合格した。新しい免許証も手に入れた。
だが本当に更新されたのは免許証だけではない。
年齢もまた更新されたのだ。
昨日まで63歳だった人間が、今日からは64歳として扱われる。
数字がひとつ増えただけの話だ。しかし、その数字には不思議な重みがある。
ブログのタイトルも変わる。
「63歳ライダー」だったものが、「64歳ライダー」になる。
たった一文字の違いなのに、そこには一年という時間が詰まっている。
年金について考えるのも、そんな年齢になったからかもしれない。
私は60歳から受給する道を選ばなかった。
計算上では、65歳から受給した場合、77歳前後まで生きれば総受取額で逆転する。
数字だけ見れば合理的な選択だ。
だが人生は、数字だけで解ける問題ではない。
もし60歳から受け取っていた年金を投資に回していたらどうなっただろう。
AI関連株がさらに上昇する未来もある。
反対に暴落する未来もある。
その答えを知る者はいない。
未来というのは、いつだって事件が起きる前の推理小説によく似ている。
登場人物は皆、自分なりの予想を立てる。
しかし最後のページを開くまで、本当の結末はわからない。
東京を大地震が襲うかもしれない。
富士山が噴火するかもしれない。
アメリカ経済が大きく傾くかもしれない。
誰も予測できない出来事が、ある日突然現実になる。
その前では、私たちの計算も計画も驚くほど無力だ。
考えてみれば、人間はいつもそうだった。
自分で人生を動かしているつもりでいて、実際には巨大な時代の流れの中を漂っている。
宇宙規模で見れば、人間の一生など瞬きにも満たない。
砂浜の一粒の砂が、自分の位置を気にしているようなものだ。
そう思うと少し気が楽になる。
人が何を言うか。
人がどう評価するか。
そんなことは案外どうでもいいのかもしれない。
大切なのは、自分が納得できる選択をしたかどうかだ。
その答えだけは、最後のページを閉じる瞬間まで、自分自身にしかわからないのだから。
では良い1日を...
