1.17 21年
あの日の事を忘れる事はありえない
でも日々思い出し続けながら生活してるわけでもない
でもアル妻との結婚が震災ありきである以上
話題が絶えてしまう事もない
各所がどんどん復興し
また復興とうい名の区画整理や開発が進み
景色がどんどん変わっていった20年
長田に行くと、あの日以降
だれも手をつけることがなく放置された家が撤去されて
撤去された後なにも建たない状態が続いてるのを
毎年見る事になるので、その時だけは強く意識をする
私自身の事は改めて書かないですけれど
私の親族内では一番大きな被災をした
長田の叔母を含めて皆今を生きていて進んでいる
でも、その叔母も一人でありながらあの地を離れない
地のつながりは地震で減っても0にはならず
今もなお繋がっているからだ
阪神間に住んでいると
今日までの準備についても時々ニュースが流れる
その中で、今おそらく皆さんがニュースで目にしている
「未来」の文字の事も説明を聞いていた
20年たった昨年「竹灯籠」のボランティア団体の解散が決まり
NPO法人が引き継いだりがあったが
阪神・淡路大震災1・17希望の灯りの「1.17」は続く
今年は公募で「未来」となったが
追悼シンボルの「1.17」と先へ進み発展する「未来」合わせる事に
現実には20年たって出てきた問題も多くあるのだけれど
過去を忘れず、未来に進む
「あの日を忘れない」
でも日々思い出し続けながら生活してるわけでもない
でもアル妻との結婚が震災ありきである以上
話題が絶えてしまう事もない
各所がどんどん復興し
また復興とうい名の区画整理や開発が進み
景色がどんどん変わっていった20年
長田に行くと、あの日以降
だれも手をつけることがなく放置された家が撤去されて
撤去された後なにも建たない状態が続いてるのを
毎年見る事になるので、その時だけは強く意識をする
私自身の事は改めて書かないですけれど
私の親族内では一番大きな被災をした
長田の叔母を含めて皆今を生きていて進んでいる
でも、その叔母も一人でありながらあの地を離れない
地のつながりは地震で減っても0にはならず
今もなお繋がっているからだ
阪神間に住んでいると
今日までの準備についても時々ニュースが流れる
その中で、今おそらく皆さんがニュースで目にしている
「未来」の文字の事も説明を聞いていた
20年たった昨年「竹灯籠」のボランティア団体の解散が決まり
NPO法人が引き継いだりがあったが
阪神・淡路大震災1・17希望の灯りの「1.17」は続く
今年は公募で「未来」となったが
追悼シンボルの「1.17」と先へ進み発展する「未来」合わせる事に
現実には20年たって出てきた問題も多くあるのだけれど
過去を忘れず、未来に進む
「あの日を忘れない」