alexander-technic-japanのブログ

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ブログでは主宰者横江大樹が日々のワークで思いついたことなどお知らせします。

寅さんを応援していますよ、ワシは

 

おそらくFMさんも。

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自己催眠 

これは大変深刻かつ最もありふれた害になり、今までやり玉に挙げられていない実践的基盤がある。人々がそれを話のタネにしたり文章にしたりすると、全般に空想上のやり方になり、まるで立派なものであるかのようにリラクゼーションを扱うけれども、何ら良い結果などなく、実践的側面に応用すると日常生活は荒れる。自己催眠主義を私は取り上げ、矛先は特定の自己催眠主義に溺れる任意の特定時間になり、それが培われる知らず知らずの由来に教師と生徒のレッスン時があり、それから頻繁な由来は双方の日常生活にある。

人々の発言で、よく考えるには目を閉じるほうがやり易い、とされる。これは普及型となる自己催眠主義であり、自己欺瞞により造り出す状態で夢見状態になると特に深刻になり、それというのも有害状況になるからであり、見かけだけ意識的になる。普通に夢を見る人がこうした状況に落ちるのは無意識的である。

培われる懸念

これはおそらく最も深刻な状況として我らが培うものであり、詳細は後ほど、第二部第五章で解説する。

偏見に満ちた論理で企てる自己防衛

真の脆弱性や偏狭性となる人類の本質を紹介すると、関連する手口において侮蔑であり、我々の知的うぬぼれへ至る。最たる悲しい事実として、常に度の過ぎる人が数えられ、平均以上の知性があるとする由来に、総意となる見解がある。我々全員が十分に気付き、勝つために、議論をこうしてひとつ強化し、自分の発言する事実群を特定指揮による自らの欲求に任せる。この人の理屈はあまりにも主導され、由来に自らの感情や知覚の評価(感情の質)があるので、訴えを感情へ向けようとも第一に虚しい。大多数の人類はやり過ぎた補償によりこうした指揮群をやり、そうなるとこうした理由から、特定の教育や発達の及ぶ子どもを今日も未来も我らは直視しなければならず、つまり我らの放棄にあたるあらゆる教育的手法群に傾向があり、培う指導や調整の経路に特定感情群や感覚的評価(感じの質)がある。