稚なくて愛を知らず(石川達三) 角川文庫

 

戦前から戦争中・戦後の話である。

 

彦根の花村病院の一人娘花村友紀子は、俗に言う箱入り娘で、両親の溺愛を一身に集めて育てられた。

 

友紀子は、両親の庇護の中でぬくぬくと育てられる。その結果として、他人を疑うことができないし、天使のような少女として人形や花や手芸品を愛して遊ぶだけであり、愛情は受け入れるもので与えるものではないという考えの性格になってしまう。

 

友紀子の父の徳太郎は、同窓の友人で、同じく医師の高木博士のすすめで、貧乏助手の三宅新吉に学費を給し、なお相当の持参金をつけて結婚させる。

 

実家の財力に頼った友紀子の生活態度は三宅新吉をいたく傷つけた。

 

花村博士が突然死んで、未亡人に頼まれ三宅は就職していた病院の職を捨て、嫁の実家の病院の経営に乗り出した。

 

しかし、花村博士の未亡人花村伸子は、三宅を正当に遇しようとはせず、花村の長男の研一が医大を卒業し、三宅の斡旋で高木博士の下で博士号をとって帰ってくると、逆に三宅を花村病院から追放した。

 

三宅新吉は離婚を決意し、長男を失ったのを機会にさまざまな敬意を経て実現する。そして、別の東山病院の経営を引き受け、やがて自分の病院にし、婦長の葛城と結ばれて幸福な結末におもむく。

 

友紀子は、実家の花村病院に小さな離れを建ててもらい母伸子と二人で暮らし弟の院長の研一の世話になるが、母伸子の死後不幸な晩年が当然のように訪れる。研一は姉友紀子に病院の簡単な経理の仕事をあてがい、そこで細々と暮らすことを求めたのであった。

 

(感想)

今どき、どんな深窓の令嬢でも、この物語のヒロインの友紀子のような世間と遊離した愛情不感症の女性はいないだろう。美人であることは何の足しにもならない。

 

私は、友紀子の夫の三宅新吉の生き方に深い同情を感じる。家が貧乏であるから花村から学資を出してもらい、博士号をとって病院長となり、友紀子と結婚したが故に嫁の実家に気を遣い生きているという例は今日でもありうるからである。

 

逆玉狙いという言葉もあるが、「小糠三合持ったら養子に行くな」とも言われる。この物語は、ある女の一生の物語であるとともに、男の生き方を暗示する物語である、と私は読んだ。