今回はちょっと違った視線で「婚姻」を考察してみようかな?


今や日本でも「夫婦別姓婚」とか「同性婚」など「婚姻に対してグローバル化」し始めたワケなんだが、昔は(今でも?)結婚とは「家と家のつながり」であり「名や血の継承」が当たり前だったが、今は「恋愛の延長線」の意識が強くなり「本人同士の為のもの」という意味合いが主流になったかな?


むしろ名や血の継承を頑なに守っているのは「先祖代々の家系?」であり、明治維新後の名字が解禁されて国民が好き勝手につけられた庶民にはむしろ「どうでもよかった」のかもしれないね。


それほど稀有でマイノリティなのかもしれないワケだ。


よく「名字で先祖が分かる」とか言っているけど、昔は庶民には屋号はあったが名字は無かったから「◯◯村の◯◯(親の名)とこの◯◯」と名乗っていたし、名字があったのは武士などの支配階級であったから明治維新でそれがゴチャゴチャになったのは否めないかな?


ちょっと脱線するけど、昔の部落や小さな村は「その集落全員が近親婚により親戚」になっていたワケだ。


近親婚は医学的にも遺伝子異常が発生する確率が高いことから欧米でも認可はされていない。


今でも日本では「直系血族三親等の婚姻はダメ」だが、「いとこ同士の婚姻」は認められている。


もちろん血のつながりのない者同士の婚姻はその限りではないが、子の健康を考えると血族結婚はよくないワケだね。


あれ?


だんだんと何を話していたのかよく分からなくなってきたが(笑)まあ、その辺りの歴史的事実を考えながら「婚姻のグローバル化」を考えた方がいいよとオジサンは筆を置くことにしますね(苦笑)