5月8日。
今日は八田與一技師の命日だな、と思いながら記事を探していたら、見つけることができた。

 

 
金沢市長や、安部昭恵さんも参加、とある。
 
しかし、一番驚いたのは、台湾総統の頼清徳氏が参加されていたということだ。
 
国のトップが参加したということは、それだけ八田與一技師の功績が多大であり、台湾の人たちに認められているということだろう。
 
日本人としてとてもうれしかったし、もっともっと日本人は、八田與一のことを知るべきだと思った。
 
 
 
さて、私は台湾から帰ってきてから、台湾のことをもっと知りたいと思って、台湾の映画をいろいろ探してみた。
 
そのなかのひとつ『KANO ~1931 海の向こうの甲子園~』は、1931年、日本人の近藤監督のもと、台湾の嘉義農林学校が甲子園で準優勝した、という事実に基づいて作られた、素晴らしい映画だった。その事実も、初めて知った私たちである。
 
映画の中では、主人公の近藤監督以外にも、八田與一も出てきて、烏山頭ダムができて嘉南平原に水が行き渡る様子が描かれていた。
 
 
 
 
八田與一も近藤兵太郎も、民族の壁を取り払い、差別なしに台湾のために物事を成し遂げた日本人である。
 
その気骨のある生き方に、心打たれる私であった。