会うと新しくなっちゃうスピリチュアルコーチめてよこ(Metisようこ)です。
あるセミナーで、こんなワークをしました。
「散歩しながら、頭に浮かぶ言葉を全部手放してみてください」
何かを見たり感じたりすると、自然と言葉が浮かびますよね。
「あったかいな」「あ、蝶々だ」——そういう言葉を、意図的にやめてみる。
最初はなかなかできなくて、気づくたびに手放して、また気づいて手放して。
でも慣れてくると、頭の中がしずかになってきました。
ただ歩く。音を聞く。緑を目で追う。体を感じる。
言葉のない世界で、庭がいつもより鮮やかに見えた気がしました。
子どもに戻ったみたいな、不思議な感覚でした。
そこで気づいたこと。
「言葉」は、人に伝えるためにある。
自分だけの世界は、言葉がなくても十分に味わえる。
でも、ビジネスを学ぶと全然違うことを言われます。
「言語化しなければ、ないものと同じ」
それくらい、言語化が大切だと。
私はずっと、それが腑に落ちなかった。
言語化が苦手だから、というだけじゃなくて、
言語化そのものを疑っていたんです。
(だって、絵画も音楽も舞踊も、言語じゃない。
雨の音も、空の青さも。それでもちゃんと伝わるじゃないか)
、と思っていた。
私のセッションでも、体が楽になった感覚をうまく言葉にできないことがよくあります。
そんなとき私はあえて、言語にしない選択をすることがあります。
言葉にした瞬間、その体験の一部が切り取られてしまうから。
丸ごとのまま置いておくほうが、体がじわじわと学んでいくことがあるから。
だから私には、「とにかく言語化」という感覚がどうしてもなじまなかった。
それが最近、やっと腑に落ちました。
ビジネスが「人に何かを伝えること」から始まるなら、
言語化が大切なのは当たり前のことです。
でも、もう一つ気づいたことがあります。
言語化には、自分に伝えるための言語化もある、ということ。
言葉にして格納するのは、形を与えて完了させるため。
自分に起きた体験を、自分自身が理解するため。
それをしないまま体験だけを重ねていくと、いつしか自分の中の一部が置き去りになっていく。
その置き去りになった自分は、たくさんの体験をしてきた。
でも、誰にも話しかけてもらえなかった。
どんな体験だったの?何を感じたの?
そうやって聞きに行くことで、はじめて言葉になる。
そして、聞いてもらったことで、ひとりぼっちで楽しかったり辛かったりしていた自分が、ひとりぼっちじゃなくなる。
言語化って、自分を迎えに行くことでもあるんだ。
そう気づいて、ほっとしました。
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