
今日は「堕落論」を読ませてもらいました。
第五節 自由と堕落
第一に、我々は原理を離れた自由はない。
第二に、責任のない自由はない。
第三に、実績のない自由はない。
自由は原理を離れてはありえない。したがって、自由はあ自らの創造原理的な責任を負うようになるし、また、神を喜ばせ得るような実績を追求するために、自由意思による自由行動は善の結果のみをもたらすようになる。それゆえに人間は決して自由によって堕落することはできない。
(原理講論より抜粋)
今日はこの箇所読んで、考えさせらせました。

往々にして私達は、「自由になりたい」
と思っています。
でも
自分の好きなことやる≠自由
と言う事を私たちは再度自覚しなくてはなりません。
創造原理で、私達人間は、神様の喜びの為の善の対象として創造されました。
しかし、アダムとエバの堕落によって、無知に陥り神を知ることが出来ないようになったので、その心情も分からなくなってしまい、人間の意思はこの無知によって、神が喜ばれる方向をとることができなくなってしまったのであります。
なぜ、自分の好きなことだけをやっても心が満たされないのか・・
それは、創造原理から離れた自由を独自的に求めようとしているから。
なるほど・・・・
分かっていたつもりではあったけど
今日、改めて納得させられました。
お付き合いいただきありがとうございます。




