5時の訓読会で、「平和訓教」を訓読しています。

前回は、平和メッセージ15の

「三大主体思想の有機的関係」

から訓読していきました。


その前に、三大主体思想とは何かをみ言葉から説明しますと、

「人間には、大初に創造されるとき、神様から賦与された三大主体思想があることを知らなければなりません。

その一つは、真の父母にならなければならないという思想です。
(中略)
二番目は、真の師にならなければならないという思想です。
(中略)
三番目は、真の主人にならなければならないという思想です。」
(平和訓教 P292~P293より抜粋)

真の父母=人格完成→家庭完成

真の師=父母の心情を所有した師

真の主人=真の父母の心情を所有した主人



真の父母真の師真の主人

      

    神様

やはり、私たちは神様のようにならなくてはいけないということなんだな。

と、み言葉を通して改めて感じさせられました。アップ


問題は、どのような人間に対して「真の主人である」

ということが出来るのかということです。

それは・・

「為に生きる人生」

すなわち

真の愛を実践躬行する人が真の主人になるのです。

真の主人は、地位位置によってなるのではなく

その人格によってなるのです。


こうはっきりとおっしゃるアボジは

真の主人なんだなと

改めて感じさせられました。アージュ!!
今日、5時の訓読会に参加し、

その後に祈祷して感じた。


「御父母様の愛は私達の理解を越えた愛なんだな。」


と、


原理講論のメシヤ再降臨準備時代のところを読んでいるんですが、


カイン型の人生観の章に、

「カイン型の人生観は、18世紀にいたっては、歴史と伝統を打破して人生の全てを理性的、または現実的にのみ批判し、不合理的なもの、非現実的なものを徹底的に排撃し、神を批判する現実にのみ重きを置くようになったのである。これが啓蒙思想であった。」

これは、自分の理性で認識出来ないものは否定する。
といった内容である。


これが共産主義に発展していくわけであるんだけど、

やはり、この文化で生活していて疑問を持たない限り

神様や御父母様にはなかなか到達することができない。

なぜなら、神様の存在自体が非現実的な目に見えない存在であるから。

私の親、や兄弟はほぼこちらの考えが強い。


でも、


やっぱり神様、御父母様の常識を超えた愛を伝えたい。


私も、導かれなければ気付くことはできなかった。


これは、人生観を変えるしかない。


氏族復帰は、本当に霊的な闘いになりそうです・・