当事者研究はじめたけど、どうでもよくなりました。 -2ページ目

実際に仕事をしないと社会力は身につかない。

 

就労移行支援の事業所は仕事のノウハウを教える場では基本的にない。

実際に仕事をする事業所もあるが少数はである。

NHKに紹介されていた就労移行支援の事業所は

実際の職場環境を構築して支援員がノウハウを教える場所であった。

この事業所の就職率は80%である。

精神・発達障害 の利用者が多く職歴も無い患者も通う。

一般的な就労移行支援の事業所は職業スキルを身につけるスタンスを取っており

仕事をする上での社会力は身につかない。

まだ発展途上ではあるのだが

こういった事業所もある。

関西地方の事業所であったと記憶している。

専門学校の同級生

 

僕の通っていた学校はいわゆる「再チャレンジ」の学生が多かった。

年齢層も比較的高く、僕は19歳であったが社会人経由の学生が多かった。

あの時代の20代は氷河期世代であったし、わからなくはない。

比較的オタクは少数派であった。

ボクシング経験者の学生がおりガリガリに痩せているのだが

おそらく減量のせいだとは思う。

サッカー経験者で唯一の大卒であった。

彼は僕の地元から20分くらいの近所に住んでおり

年齢も高かったので「村長」と呼ばれていた。

村長の取り巻きはオタクは一人もおらず

90年代の古き良き時代のリア充感が強い。

僕はと言うとオタク集団に所属する訳でもなく

黙々と授業を受けていた。

まだ病名の告知も受けておらず比較的努力していたと思う。

思えばこの頃が社会復帰の最後で

病名を告知されてからは一般的な患者と同じように仕上げたと感じる。

オタク集団の中で卒業後に社会人となったAさんと新宿で会ったのだが

まだこの時期であるならば差はついていなかったと思う。

少しずつ積み重なって今では大きく離れているのだが。

一般市民として生活したのは20歳が最後。あとは患者になった。

新宿に学校があり1年程であるが通っていた。

 

小田急で新宿まで行くのだが通勤ラッシュが混んで大変であった。

新宿の街は都庁があり夜も煌々として地面が明るかった。

僕は高田馬場の書店に行く事が多く

関連書籍を購入しては読んでいた。

当時はネット普及率がそれほどでもなくスマホも無い時代であった。

学校柄、同級生は同人活動をしている学生が多く

東京ビッグサイトまで足を運ぶ学生もいた。

僕も同人誌をもらって読んだ事がある。

今では昔よりもテレビ取材を受けるようになったコミックマーケットも

僕ら世代は一部の人間しか興味を持っていない時代であった。

当時のオタクは今のように表に出る事が無かった。

出るとしたらニュースかバラエティ番組のオチに使われる程度で市民権など無いに近かった。

個人的に最近の展開は驚かされる。

発達障害の患者がヘルパーを入れた。

 

単純にゴミの片付けなら精神的にストレスはかかってこないとの事で

発達障害の患者と関わりたくないのでストレスが溜まるらしい。

ちなみに”べてる”では暗黙知は使わない。

長期間の関係性の中であえて伝えている。

その方が患者の為になるとの判断だ。

当事者研究で壇上に上がると結構な頻度で情報を患者に伝えている。

〇〇さんもそうだった。〇〇病院の先生が言っていた。など。

文章にすると伝わりにくいが発達障害の患者なら暗黙知は効かないと思う。

ゴミ屋敷になる患者は多い。患者が有償で片付けを請け負っている事業所もある。

結構ニーズはあるようで、ヘルパーの患者バージョンという印象である。

片付けができない患者はよく利用すると言う。

うつ病の専用施設へと通う。

 

うつ病の患者は基本的に障害者雇用はやりたがらない傾向を感じる。

社会の中で自分が患者である事の認識が薄い。

一般的に障害者雇用で働く事は敬遠される印象がある。

アルビノ(と今は言ってはいけないのだろうか)の大学生が

就職指導部に「障害者雇用しかない」と言われショックを受けたケースがある。

積極的に障害者雇用を勧める事は就労支援の現場ではある。

うつ病で障害者雇用を希望する患者は

早い段階で見限った感がある。

主治医が言うには

 

alexさんは働く意味がわかっていないという。

子供なんだと思う。

外部からの問題提起はあった。

 

昔、NHKのクローズアップ現代で精神科の問題提起を作家がしたときがあった。

 

内部にいる人間は出てこなかった。

取材熱心な人で一通りの問題提起のあとに

大学教授がフォローアップとしてまわっていた。

就労支援を受けての印象。

 

障害者施設で働くソーシャルワーカー達は

基本的に障害者と一緒に働こうとは思っていない。

僕が知っているのは

やどかりの里の理事の女性のソーシャルワーカーと

某特例子会社の女性カウンセラー

そして某厚生労働省管轄の大学教授で女性のソーシャルワーカーか。

それぞれ、やり方は全然違うのだが共に働いている印象がある。

 

感の鋭い患者が言っていたのだが

「熱心な職員は辞めた」とある。

やはり障害者が嫌いだからソーシャルワーカーとしての仕事が続くというのはある。

これが共通の意識である印象が強い。

 

 

 

そもそも障害者施設のソーシャルワーカーの求人は学生に人気がない。

高齢者施設は割と学生からはウケが良い印象がある。

 

つづく。

生活支援センターでゲームやる患者はいない。

 

昔、生活支援センターでゲーム機が置いてあると言われた。

家でゲームやるより生活支援センターでやった方が良いとの事であった。

しかし、わざわざ生活支援センターでやるようなゲーム機は置いていなかった。

おそらくこの手の患者は最新のゲーム機がないと来ない。

半年に一度はゲームソフトを購入し最新の状態にしないといけない。

ゲーム機置いて簡単に済ませようというか。これはいけませんよ。

そもそも昔からゲームは一人でやるものではなかったし

昔のゲーム少年たちは心が通じ合っていた。

それはたぶんバイク乗りも同じだと思う。

同じ意識を持っている人同士というか。

プレイステーション時代からP2Pでオンラインになってしまったが

基本、昔は一人でプレイする事がなかった。

これはゲームをやってきた人間にしかわからないと思う。