• 12 Sep
    • ●ドイツに渡ったシリアの若者●

      実は私の兄弟の子供たち二人は、今ドイツにいます。21才と22才の青年ですが約1年半前、シリアからトルコに渡りボートでギリシャ、そこからは徒歩やバス、列車を乗り継いでドイツに辿り着きました。この旅が甥っ子にとって初めての海外渡航経験でした。別々の時期にドイツに向かったため親戚同士といっても彼らは違う州に住んでいます。昨年夏に私と甥っ子たちと私は、7年ぶりにフランクフルトで再会することができました。私自身、7年間シリアに帰っていないためシリアの親戚に再会するのはこの時が初めてでした。二人とも元気そうで安心しました。ドイツでの其々の暮らしぶりを聞き、とりあえず私も安心しました。彼らは、難民数名との共同住居や生活費、ドイツ語の学習のサポートを与えられ、このとき二人はドイツ語の学校に毎日通学していました。文化や宗教の違いからドイツ人と難民のトラブルが多いとニュースなどで知らされていましたが、彼らの話ではそのようなトラブルは多くないとのこと。しかしながら、難民という立場から差別的な対応を受けることも・・・ですが「贅沢は言っていられない。自分たちの身の安全が守られている今、遠くからシリアの家族を何とか支えられるよう努力するしかない」。しかし一方で「シリアを離れて以来、自分たちの家族に会うことができないのがとても寂しく、再会が叶うのはいつになるかを考えるととても悲しくなる」と話す二人。私たちシリア人にとって民主的なシリアが何よりベストな環境ですが、現実は全く逆。以前よりもっと暗い国に向かっています。弾圧を受けていた頃のシリアの生活では想像も経験もできなかった生活がドイツにはありました。安心して生活が送ることができ、少しずつ将来のことを考えられる機会を与えてくれているドイツという国にシリア人として本当に感謝の気持ちで一杯です。甥っ子たちとの再会から1年がたった今、嬉しいニュースと心配なニュースがあります。甥っ子の1人は難民申請が認められ1年間のビザが出ましたが、もう一人は認められませんでした。認められないということは難民という身分すら与えてくれないわけで、シリアに戻れという意味です。この結果に勿論納得できないため裁判やり直しの申請し、もう一度裁判を受ける予定です。ドイツの裁判所側も現在のシリアに戻ることは危険と判断し裁判のやり直しを認めてくれました。その結果はまだ出ていません。難民認定されることを祈っています。「一人ぼっちで孤独と不安からシリアを懐かしむ気持ちはあっても、戻りたいとは思わない。無理やり軍隊に入れられシリア人同士戦わなければならないという恐怖から解放され、このドイツで何とか自立することが一番の望み」、と二人は話しました。

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  • 06 Jun
    • 熟成と色について

      お客様から当社の石鹸が熟成していないのでは、という問い合わせがありその疑問解消のため、下記にまとめました。外部検査機関による固形石鹸の一般検査一般的な固形石鹸を検査では重金属の項目があります。上)当社の石鹸:7ppm下)色の濃い石鹸:69ppm-この検査で言えること-この調査から、熟成したといわれている濃い色の石鹸は、釜だきの際、金属成分が石鹸素地と混ざり合うことで酸化し黒っぽく変色した色であると考えます。<まとめと問題点>当社は日本において石鹸の製造をしており、良い石鹸を作るためにオイルやそれ以外の原料についても勉強を重ねております。金属成分は石鹸作りの際に使用する苛性ソーダや水、オイルにも少し含まれているため、当社の石鹸にも低い値の金属性成分が検出されますが、熟成したと見せかけるための金属成分を加えてはおりません。かなり前のことになりますが、当社の石鹸工場において石鹸作りの際に一度釜に入れクッキングした苛性ソーダ水の余剰分を次の釜だき分に取り置き、そこに苛性ソーダ水を追加し、次の釜だき(クッキング)に使用したことがありました。このことで苛性ソーダの濃度が濃くなったこという経験があります。(現在はこのようなリサイクルは行っておりません。)その際の重金属の値は15ppmだったことから、苛性ソーダ水をリサイクルしたししても重金属の値は15~20ppm程度ではないかと予想します。また、薬事法では石鹸素地の意味は原料の油脂とアルカリを混ぜ合わせた石鹸生地のことであり、それ以外の成分を使用したのであればその成分を表示することになっております。当社の石鹸が熟成していないとのネガティブなイメージを持たれたことが非常に残念な思いでした。アレッポの伝統的な釜炊き石鹸はアレッポの石鹸職人達にとって受け継ぐべき文化であり、大切な生活の糧でもあります。当社の石鹸は植物オイルと苛性ソーダ、水だけで作られている自然派の石鹸であり、プロのアレッポ石鹸職人によって作られていますので安全安心です。本来のアレッポの伝統的な釜炊き石鹸はこのような石鹸なのです。

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  • 29 May
    • アレッポの伝統的な釜炊き石鹸の無添加と熟成の話

      最近、当社クロスロードトレーディングの石鹸が他の石鹸に比べ茶色が薄く熟成していないのではないか、という内容の問い合わせが数件寄せられました。下記の画像で変色の経過を説明します。(2017年3月撮影)左は製造から3ヶ月経過の石鹸(2016年12月製)、中央は1年3ヶ月経過の石鹸(2015年12月製)、右は2年3ヶ月経過の石鹸(2015年1月製)です。石鹸の色は茶色に変化していきますが、黒っぽい茶色にはなりません。添加物を使用していないため製造から2年以上経過してもそれ程黒くならないのが通常の石鹸の色です。詳しく調べたところ、熟成(濃い茶色)を見せかけるために金属性の酸化物を使っている他の工場があるとの情報を得ております。 薬事法では石鹸素地と表示する際は、石鹸素地に当たる脂肪酸とアルカリ以外の成分は別に表示することを定めています。当社販売の石鹸はこのような金属性の酸化物を使用しておらず、薬事法に則って定期的に社内検査と外部検査機関による検査を行っております。 当社販売の石鹸は自然派石鹸として販売しておりますので安心してご使用下さい。アレッポの石鹸職人は難民となりトルコで石鹸を製造していますが、代々受け継いできたシリア伝統の石鹸作りの技術だけが彼らの生きていく大切な糧なのです。 その技術を誠実に守り続けていることが石鹸職人と私達販売元の使命と考えます。

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  • 11 May
    • 石鹸文化の継承

      「シリアと言えば」と聞かれたら、悲しいことに「内戦」「難民」「アサド」「サリン」など、シリアをイメージする言葉は嫌なワードばかり。以前は歴史的な遺跡もあり世界遺産にもなった場所もあるが、多くの人命と共にその多くが瓦礫となってしまいました。形あるものは、壊れてしまえばもうそれまでなのだと。しかし、モノや形ではない文化や技術は、少なくとも今生きているシリア人が継承していける大切な遺産となると感じています。その継承していくべきシリア唯一の文化、技術がアレッポの石鹸です。アレッポから避難し3年が過ぎ、石鹸職人達は苦境ながらもトルコでアレッポの石鹸を作り続けてきました。アレッポへの政権側の空爆はシリアが誇る文化への攻撃でもありました。弾圧された多くのシリア市民同様、石鹸職人達も政権支持を拒み難民となって国外へ出ていくしかありませんでした。大切な家族を失い、家や財産も手放し、残された家族と持っていかれるだけの身の回りの物を持ちだすのが精一杯だった石鹸職人達は希望を持てずにトルコで避難生活を送るしかないと当初は思っていました。シリアという国は希望を持つことすら政権が制限しているかのようです。

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  • 11 Apr
    • フェアトレードの意味と石鹸職人達

      フェアトレードジャパンによると、開発途上国の原料や製品を適正な価格で継続的に購入することにより、立場の弱い開発途上国の生産者や労働者の生活改善と自立を目指す「貿易のしくみ」と定義づけています。さらにフェアトレードは、対話、透明性、敬意を基盤とし、より公平な条件下で国際貿易を行うことを目指す貿易パートナーシップである。特に「南」の弱い立場にある生産者や労働者に対し、より良い貿易条件を提供し、かつ彼らの権利 を守ることにより、フェアトレードは持続可能な発展に貢献する。フェアトレード団体は(消費者に支持されることによって)、生産者の支援、啓発活動、 および従来の国際貿易のルールと慣行を変える運動に積極的に取り組む事を約束すること、としています。私の考えるフェアトレードも同じです。工場側、職人達、そして弊社のような輸入販売業者が同じ目線でより良い商品について考えることにより、自然とアイデアも生まれてきます。だれかだけが多くの利益を搾取すれば、そこに強制されているという感情が生まれ、良いアイデアも生まれないだけでなく、仕事への意欲も削がれてしまい良い商品の生産に繋がらないでしょう。商品に関わる者達が同じ目線で生産と販売を考えることは、なにより消費者の皆さんの共感を得ることができフェアトレードの意味に沿うビジネスとなるのではと考えます。さらに私はフェアトレードの持つ意味に個人的に追加したい事項があります。それは、国民を弾圧する独裁政権の資金源になっていないこと。また、その利益が紛争の資金に使われないことです。自由なビジネスには程遠い環境で石鹸作りをしていました。今、トルコで体験している平等で自由な石鹸作りは、いつか民主的なシリアになった時に必要とされるビジネスの姿勢だと職人達は考えています。 一日でも早い民主的なシリアに生まれ変わることを祈っています。アレッポの石鹸職人達との食事会

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  • 16 Mar
    • アレッポの石鹸職人の現状

      ●アレッポからの石鹸輸入が...●順調と思われたシリアからのアレッポ石鹸の輸入でしたが、5年前に小さなデモから始まった反政府運動が残酷で悲惨な内戦となり石鹸の輸入に影響が出始めました。そしてアレッポへの空爆開始...それからのことは日本の皆さんも良くご存じかと思います。●アレッポの石鹸が日本から消える?●石鹸を愛用して下さっているお客様からはシリアの情勢も含め、石鹸工場の職人さんは無事なのか?石鹸は今後も輸入できるのか?などのご質問を受けます。また、アレッポ石鹸に関する情報や噂をSNS等で目にし、伝えたいことがたくさんあるのにと、じれったく思うこともありました。因みに、現在アレッポで操業している石鹸工場はありません。ラタキアやトルコに避難し操業しています。そういった疑問に対して情報発信をしていければと思うようになりました。アレッポの石鹸職人さんが現在置かれている状況や思いを日本の皆さんに少しでも知って頂きたくこのブログで少しずつ伝えることにしました。●アレッポの石鹸職人から●内戦前、日本の皆さんに伝えたかった事はアレッポの石鹸という昔から引き継がれてきた石鹸文化にまつわることがメインでした。しかし今は、アレッポから追い出されるように避難し、困難であっても作り続けることでアレッポの石鹸の伝統を絶やさないという内戦前にはなかった強いメッセージを石鹸と一緒に届けたいと思い、当サイト名を「アレッポの石鹸職人から」としました。

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  • 13 Mar
    • 職人達の笑顔

      先日、アレッポの石鹸職人達からメールで写真が届きました。視察の時、共に作業や食事をした私にとっても仲間のような人々です。将来への不安を抱えながらも、彼らがこうして笑顔で記念撮影に応じてくれたこと、大変嬉しく思っています。職人の中には若者が多いことにお気づきでしょうか?彼らは徴兵の可能性のある年齢で、一番恐れていたのは自分達の命の危険というよりは、同じシリア人を敵とみなして戦うことでした。内戦前のシリアは理想的な人口ピラミッドを描く人口構成でしたが、その若者達の多くが難民としてヨーロッパ等に流出し、その一番の理由は徴兵でした。内戦による犠牲者がどんどん増え、政府は兵士の数を確保するため最終的に18歳から54歳までの男性が徴兵の対象となりました。時には仕事先まで政府の役人がやってきて軍隊に連れて行くこともあり、いつしか家に閉じこもる男性達が増えたという話もあります。このような徴兵により多くの男性達は悲惨な体験を強制されました。若い息子達を犯罪的な行為から守りたいと考えるのは自然なことで、親達は難民という選択をするしかありません。一家の主は家族でシリアを去るという道しかなかったのです。現政権が続くということは今も恐怖が続くことを意味するのです。最近、日本のメディアがアレッポやダマスカスを取材しシリアの映像を目にすることがあります。映っている市民の多くが政府関係者や女性、お年寄り、そして中高生位までの子供達です。高校生までは徴兵の心配がありません。特に政権支配地域、主にアレッポ、ラタキア、ダマスカスの主要都市は若い男性が少ないといわれています。大型の乗り合いバスを女性ドライバーが運転するなんてことは以前のシリアでは考えられませんでした。若い男性の働き手不足は今や深刻なのです。シリアからアレッポの石鹸職人が殆どいなくなってしまった理由は、徴兵の恐怖から逃れるためでもありました。この写真のような笑顔を故郷のアレッポで見られるのはいつになるのか。ただ、彼らは下向いて暗く過ごしている訳ではありません。今、自由に石鹸を作れていることに感謝しながら、いつか平和が訪れた時には母国シリアに戻り石鹸作りが再開できることを望んでいます。私自身も全く同じ思いです。

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    • 石鹸工場視察の目的

      弊社工場がアレッポで操業し内戦が始まってからは、石鹸工場の視察が行えていませんでした。現在トルコに工場が移転してからは年に2回、石鹸作りのシーズン(12月~2月頃)と夏の石鹸の乾燥時期に視察に行くことにしています。この視察により石鹸への私の知識が深まるだけでなく、弊社の色々な要望を工場側に理解してもらう良い機会です。日本のマーケットは、非常に厳しい製品基準を求められるため品質管理は大変重要な点です。また、単に製造上のチェックだけに重点を置いている訳ではありません。「多くの日本の皆さんがアレッポの石鹸を愛用して下さり、内戦で石鹸の製造に影響が出ていることを心配してくれている。そして何よりも職人達の無事を祈ってくれている」ことを伝えました。昨年(2016年)の2回の視察は大変有意義でした。職人達と私の間には言葉や文化、習慣の壁はありません。1回の視察で約3日~1週間ほど彼らと共に作業をし、食事をしながら家族のこと、アレッポで起こったことや日本のことなど沢山のことを語り合いました。アレッポで起きたことはこのブログでは伝えられない程残酷で悲惨な状況でした。シリア人としてどうすることも出来ない絶望を感じます。視察する前は電話で工場マネージャーだけと話すだけでしたが、視察を重ね他の職人達と一緒に作業をしながら交流していくと徐々に職人達の意識が変わってきました。石鹸作りを通して自分達が必要とされ、この石鹸が日本の皆さんの役に立っているという誇りが徐々に戻ってきたように見えました。その思いが石鹸作りにも反映されてきました。トルコでの石鹸の製造を重ねるごとに、より品質が向上しているのがわかります。日本の皆さんのご声援が石鹸職人達の生きる希望へと繋がったのだと思いました。上の写真は購入予定のオイルの色、香り、粘度等をチェックします。上の写真は入予定のオイルの酸味、水分量、異物等の細かい検査を行っています。

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    • アレッポの石鹸職人とは

      ●アレッポの石鹸職人とは●政権軍のアレッポ空爆は、アレッポの石鹸職人にとってはアレッポの石鹸文化の崩壊でもありました。しかし今トルコで難民となったアレッポの石鹸職人は自力でアレッポの石鹸文化を再建しようとしています。政権の力に頼らず、石鹸職人達が協力し合いながらトルコで奮闘しています。私(ガザール)は、同じシリア人としてこの職人達の思いを日本の皆さんに伝えていくことが私の使命でもあります。日本の皆さんはアレッポの石鹸作りは、石鹸職人数人が全行程の作業を行っていると想像していませんか?実際、石鹸の製造に携わる職人の作業は、製造工程毎の専門性のある幾つかのチームに分かれ、完全分業制で製造されています。メーカである工場主は原料の仕入れ、全行程のマネージメント、そして一番重要な営業を担っています。この分業制はアレッポに石鹸作りが根付いていくと共に確立してきました。現在トルコで安定して石鹸作りができているのは、このような石鹸職人である多くの分業の職人が難民としてアレッポから逃れトルコに集まっているからです。このような職人は、時には幾つかの工場を掛け持ちすることもあります。各工程の作業のポイントは次の通りです。1- ●原材料の混合、釜焚きチーム●石鹸のクオリティーが決まるもっとも重要な工程。そのシーズンのオイルの品質をラボの検査技師によりチェック、そのオイルに見合った苛性ソーダの分量を決定し原材料の混合作業を開始。同時に釜焚きを開始しミキサーでゆっくりかき混ぜ石鹸生地をベストな状態に仕上げていく。2- ●石鹸生地の型入れチーム●原材料の混合、釜焚きの工程後すぐに型への流し込み作業に移る。 型と言っても工場床に作られたごく浅いプールのイメージ。釜から石鹸生地を太いホース状のものでプールの型に流し入れていくが、ホースが重たくなるため数人で操作し、さらに1人が左官屋さんのような板状のヘラで石鹸生地表面をならしていく。 この時、石鹸がどんどん固まっていくなか均一な厚みかを時々測りながら、手早くキレイに平らにならしていく。3- ●カット、刻印チーム●人が乗っかっても跡がつかず、少し柔らか目に石鹸生地が固まってくるとカット、刻印作業に入る。 カッターのついた板に小学生低学年くらいの子が乗り、数人が板毎引くことにより石鹸生地をカットする。(小学生低学年くらいの子が重すぎず楽に引っ張れるからだそう) カット終了後、刻印作業に入る。この刻印が製造工場の名前である。「 バラカート社の刻印だけは破壊された工場から運び出せた唯一の石鹸作りの道具だった。」(バラカート社氏談)4- ●石鹸の積上げ作業●この作業の人員は、主にアルバイトとして雇うことが通常。簡単とは言え、高く積み上げた」大量の石鹸が約1年間崩れることなくまた、乾燥が進むよう少し隙間を空け積上げていく。5ー ●検品、成形、ラッピング、梱包作業●約1年間の乾燥期間を経て検品作業に入る。この際、形がいびつなものは成形しシュリンクラッピング、段ボールに梱包し保管される。この作業は女性向きのため多くの女性達が働いている。恥ずかしがり屋なシリアの女性達。石鹸の最終仕上げ作業中の様子です。作業の合間に盛り上がる女子トークは日本と同じです。これらの工程が全て終了し日本に向けて輸出されています。

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  • 07 Feb
    • ●トルコでのアレッポ石鹸第1号●

      ●物価の高いトルコで●シリアに比べ、トルコの物価は約2~3倍。石鹸の製造に関しても、アレッポで製造していた頃よりも全ての経費が割高となり、石鹸工場側としては弊社との取引価格を値上げせざるを得ませんでした。しかし弊社の考えは、値上げすることで石鹸の製造量が減り、さらにシリア難民の労働者数が減らされることを懸念し、輸入価格が上がっても値上をせず現状の販売価格を維持する決断をしました。当面、石鹸価格の値上げは行いません。トルコやヨーロッパへ逃れたシリア難民の中には20歳代の男性の若者達が多く、政権側の兵士として徴兵の可能性のある対象者です。つまり、徴兵されれば同じシリア人を殺すことを強制されるのです。そのような犯罪行為を素直に受け入れることができるでしょうか。シリアの若者にとっては耐えがたいことです。シリアで生まれ育った私は、シリアに帰ることができない難民の思いやアレッポの石鹸文化を守りたいというメッセージをこの石鹸を愛用されている皆さんにこれからも伝えて参ります。アレッポの石鹸職人のバラカート社代表に内戦や被害そしてトルコへの避難までのインタビューをまとめました。●アレッポからトルコに避難した時は●避難した当初は知人もなく言葉が通じない為、アレッポがあんなことにならなければと何度もシリア政府を恨みました。家や工場だけでなく人命まで奪うそんな祖国に留まることはできず、家族を守るためその一心でした。住む家を借り日々時間が過ぎるだけの無気力な生活を送っていたところ、クロスロードトレーディングから連絡がありました。石鹸の製造の依頼でしたが最初は断ったものの、私達には出来ることは石鹸を作ることしか残されていないと考えるようになりました。●トルコでのアレッポ石鹸第1号●無理だと思った石鹸工場は間借することから始め試作品の石鹸を作ってみたところ、想像以上に品質がよくアレッポの原料と何ら変わらないと実感しました。それがわかってからは日本に輸出するための計画を前向きに考え準備し始めました。そして日本に輸出するためのトルコでの石鹸第1号が実現できました。これはトルコの人々の優しさと避難している多くのシリア人が手伝ってくれたお陰だと思っています。皆さん本当に協力してくれました。●アレッポとトルコ何が違う●石鹸の原料に関しては、アレッポは内戦が始まってからは原料の調達が困難でした。石鹸を製造出来てもラタキアの港まで石鹸を輸送するのが非常に危険だったこと、何といっても工場を破壊されたらそれまです。元々ローレルオイルはトルコ産がシリアに多く出回っていたので品質などは把握していました。オリーブオイルにしても国は違ってもさほど遠くないため気候も変わらない地域です。同品質で石鹸作りに何ら問題はありませんでした。その他石鹸作りには欠かせない材料等も楽に調達でき、正直アレッポで作っていた頃よりもいい石鹸が作れていると感じます。 本当にありがたいことです。 何が大きく変わったかと言うと、シリア政府の管理下ではないことが幾ら辛いことがあっても家族と一緒に乗り越えて行けます。

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    • トルコのガジアンテプに視察で来ました

      石鹸工場があるトルコのガジアンテプに視察で来ました。多くのシリアの難民がトルコに避難し、以前アレッポで石鹸を製造していた職人達は現在トルコのガジアンテプの工場で製造しています。 ここで作られた石鹸が弊社の製品として輸入されています。

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  • 06 Feb

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