皆様、お元気ですか。 松伏は今日も快晴。 松伏町と書いて、太陽と同画。 不思議。
田園生活が静かで好きです。 月の出から入りまでここでは見えます。
川に囲まれた水の都(?) 第二のふるさと。 関東へ来てはや30年。
それでも私は、出身の愛知の赤味噌を欠かしたことがありません。
ですから、本当は、西三河人のままかもしれませんが。
文化の違いは、ほんとうによく感じてきました。
主人の都合で、偶然この地を選んだように見えましたが、そうではなかった。
実は私は、家を買う2年も前から、買う予定など無かったのに、方眼用紙に図面を書いていました。
書かずにはいられなくて、書いて書いて書きまくっていました。
ですから、不動産屋さんが飛び込んできた時、一目で、これでいいと、決めたほどでした。
しかも、引っ越した年か翌年、近所の人が、我が家の目の前の田んぼに、(今は畑)
「白い光りの玉が落ちた」と、近所に触れ回って騒いだ事がありました。
その方はある宗教の人から「そんなウソを言って騒いではならない」ととがめられ、入信した。
その時からでさえ私は、光りは私のために落ちたのだと、思っていましたが、
でも、今のようになろうと思っていたわけではない。
今のようにいろんな事を知り、感謝の日々が来るとは思っていなかった。
ですから、皆さん、どんな情況でも、近視眼的に見ないで、
努力を尽くし、希望しましょう。 足元と、遠くを、ちゃんと見ましょう。
そして、出来得れば吉名を。 (私は本字で数えます。本には慎重であれ)
吉名が私をこうしたのか、もともとの運命が私をこう導いたのか、
どちらにしても、現在の私はこここうしてにいる。
旧名と、婚姻名と、仕事名として付いた3つの名と、二つの位階。
それの全部を足すと、正、という画数になった。
私はその責任を感じる。私に託された何かを、感じる。 死ぬまで努力する事だけが残っている。
光雲(コウウン) 大事典より、
(仏)如来の光明の十方に周遍するを、雨空に雲の流れ渡るを喩(たと)う。
雲は普遍の義。と。
コウウンと書いて、神と同数なり。 ふしぎね。
こううんと書いて、8画。 光りと同画。 ふしぎ。
今の私たちは、昔の人たちよりも、想像力も無く、無学という事でしょうか。
足元も見ず、遠くも見ず、ただ近視眼的に目の前の事のみにとらわれて、
だから、何も理解しない、愚かな事のみが横行するのでしょうか。
それでは、あなたは救えない。
まず、本当の意味で、あなたは救われたいと望むべきです。
望み続けた時、あなたにふさわしい神が、あなたに寄添うのです。 これは本当です。
でも、あなたは、それが誰か気付かないかもしれません。 それでも祈り続けるのです。
効果があっても無くても、総体的に安全で幸福な時、
あなたは正しい道を進んでいるのです。
勇気を持ちましょうね。
物事が途切(とぎ)れる時、警告が発せられている事もあるのです。
強引に進む事だけが、いのちを生きる事ではありません。
注意深くありましょうね。
そして、自分を愛して、それと同じように、人をも愛する努力を、し続ける事ですね。
人を愛するのは、感情だけでは足りないのです。
叡智が、必要なのですね。
H20、10、22 (水) am11:57 記 真福の 小濱白光