先日、書いた「卒業プロジェクト」の記事に、
なんといいね!を100以上も頂きました。
ありがとうございます!ビックリです☆
でも、本当に本当に、
チューターの先生は休日返上、
昼に用事があれば、夜に仕上げを見て下さり、
卒プロに関しては、チューターの先生のお骨折りが多大でしたし、
この12年間を思えば、
あの卒プロで、あれだけたくさんの方が、
彼の成長した姿を喜び、涙してくださるということは、それだけ
皆さんの愛を受けて育てていただいたということです。
私は、彼が小さいころに、一人で彼を育てることをやめました。
1人で育てたら、ろくなことにならない、と思ったのです。
ひとりで、と言っても、私にはオットがいますが、
そのころのオットはまだ若く、良く言えば企業戦士というのかな、
今でこそ、家庭的なオットですが、
そのころは、「家と子どものことは、奈都子に任せた」と言って、
ほとんど関わってくれませんでした。
そんな中で、息子と、年子の娘を一人で見るのは
本当に辛くて、
特に息子は動きが激しかったので、私は心身ともにへとへとでした。
シュタイナー学校に入って、何より驚いたのは、
息子の存在を喜んでくださる保護者の方たちに囲まれたこと。
先生方の諦めない愛情。
そして、そんな大人の態度を見ているからでしょう、
年上の子どもたちの優しさと、
クラスメートの彼を特別視しない感覚。
年下の小さな子供たちにとっては、
彼はいつも一緒に遊べる大きな友達でした。
本当に、不思議な感覚でした。
肩の荷がどっと降りました。
シュタイナーの治療教育の先生に質問したことがあります。
「ハンディを持つ人は、どういう意味があって生まれてきたのでしょうか」
すると、一言だけ言われた言葉が、
「ギフトですよ」
ということでした。
そういう理解をしてくださる方々に囲まれて、
みなさんに息子と言う存在を、喜んで受け入れて頂き、
彼の状態に一喜一憂する私は支えてられていたんだと思います。
「今、彼に何をさせるべきか、今、彼の前でどう振る舞うか」
今が大事なんですが、
それも、長い先を見通して、どんな人に育ってほしいか、
そして、かれが成長した姿を、
先生方や周りの保護者の方々が描いてくださっていたからこそ、
本当にその通りになったのだと思います。
私がしたことと言えば、
1人で抱え込まなかったこと。
「助けてほしい」と周りに言えたこと。
息子が入学を決めた頃は
まだ京田辺シュタイナー学校も、骨組みだけが建っている状態でした。
どんな学校になるのかも分からない中、
オットやオットの両親を説得していました。
子育てにおいては、直感も大事なんだと思います。
息子の居場所は、ここだ、という直感でした。
直感に従って、本当に良かった。
その向こうには、周りの素晴らしい人々との出会いが待っていたのですから。
私は、この12年間を振り返って
そんなことを思います。
さてさて、もう既に、年子の長女の卒業プロジェクトが始まっています。
まだまだ、みなさん、お世話になります(^^

