ちょいと前に書いた「生運動」ですが
今日も、「やろうじゃないか!」と先輩が投げかけてくれたので
参加してきました。
そうそう、生運動というのはいつもオンラインのやりとりのみなさんなので
リアルで会って、一緒に走りましょうというやつです。
今日は初めての方たち数人とご一緒して
代々木をかる~~~く、というのもおこがましいくらいに軽く!走りました。
私は長男の高校受験日に走っていた時、おもしろいくらい見事に転び
肋骨にひびがたぶん、入ったので
しばらくは思いっきり息をするのも苦しかったんですが
ようやく走れるかも、くらいになってたタイミングだったので
本当にありがたく、ご一緒させていただきました。
まぁ、そんなタイミングで大きくこけたのにもきっと意味があるんだろうと思いつつ。
そして本日、初めてお会いした方が、これまためっちゃ、覚醒されてるお方でして
お話を聴いていて、もう、なんていったらいいか、だったんです。
私はミーハーなもんで、「ものすごい体験!」っていうのにすぐ目が行きがちなのですが
そういうことをされてる方はほぼみなさん、「こんなことしなくていいです」「普通が一番」
とおっしゃいますね。
今日のお方もそうでした。
でも、そのお話がなんかずしっと自分の中に降りてきてまして
今もまだ反芻しながら、うるっときてしまいます。
ざっくりと話すと(勝手に話してごめんなさい)、その方はおつきあいされてた方が
いつ、どのタイミングで、どの場所でどんなふうに別れを切り出すかわかっていたと。
それでも、そのあと、二人で市内に向かうようならまだ望みがあるけれど
山の方に向かったら、もう無理だなぁと思っていて
結局、彼女は山の方を選び、その方は、ああ、やっぱりと思ったそうなんですね。
で、別れを切り出された時も、この次元にいる心は
とてつもなく悲しいんだけれど、そうでない次元では
「ああ、ものすごい悲しみを体験出来てよかったね」と言っていたそうなんです。
実際、その方は「これまで体験したことがなかったので
悲しみを体験したい」と小さい頃に降りてきていたらしく。
それがそんな形で!?って思ってしまうけれど
本当にその話を聴いたとき、目の前にあることをつい、いい、悪い
うれしい、悲しい、楽しい、つらい と色分けしてしまうけれど
全部がしたいことだったんだよね、だれにとってもって、再確認しました。
今日はたまたま私が誕生日で、その方は忙しいのになぜか参加してしまったようなんですが
「今日、参加したのはあなたの誕生日だからだったんですね」と。
世界は私が主人公ですね。
みなさんもそうですね。
なんかすばらしいプレゼントをいただいた気持ちになったのでした。