ICU1日目?

結局朝方までちょいちょい起きて、本間の声で

氷ください~!

体位変えてください~

氷くだ~さい

 

って言ってみたりと、まぁ、とにかく起きてました。

 

寝ようと思うと雑踏のように雑音が襲ってくる。

 

で、ようやく寝についたころ、「あるこさ~ん、ここうるさいと思うんでベット移動しますね~」って言われ。

窓際のすごく落ち着いたところに移動。

 

そしたら、

「朝ごはん、パンとごはんとおかゆとどれがいいですか?」と。

 

え?

 

朝ごはんくうの?これで?

 

って普通に思った。

 

首にはCVライン入ってるし、末梢も両手入ってるし、腹腔ドレーンに尿道バルーン。

管だらけの体で、えーこれどうやって朝ごはん食べんですか?みたいな。

ま、食べたんですけど。

看護師さんのグル音確認あったし、そら食うんだろうな、と思ったけど。

 

でも、末梢で40速の栄養入ってるからおかゆも6分目しか食べれなかった。

両手末梢入ってるし、お椀持つ手がなんか違和感あったから余計に食べづらかったのもあるんだが。

この話は実はこの後もずっと続くことになるとは、この時点では夢にも思わなかったけどね。

しかもおかゆで頼んだけどさ。

おかずの変更はなかったから、おかず、納豆だったんすよ。

おかゆに納豆はねー・・・・・ありなの?

いやまぁ、たんぱく質大事ですけどね。

 

で、昼の回診と面会で旦那に1日半ぶりに会う。

 

喋れない。

 

本間状態で、

昨日、どのくらい時間かかった?とか、今日は帰るの?とか、普通の話してたと思う。

そして、執刀医の先生がきて、

「この分だと、明日の午前中には一般病棟下ろしましょうか。旦那さん明日大丈夫ですか?」

という。

 

え?もうICU出れるんですか???

 

まぁ、幼児じゃないし、そうだよな、ICUなんて長くいるもんじゃない。

ICU症候群になりたくないし、出すっつーなら出してもらいましょう!ぐらいに思ってた。

旦那も、あっさり、「今日一回帰りますけど、明日また来ます」って言ってるし。

おめー、マジ体力化け物だな(誉め言葉)。

まー、子供たちの事も気にかかるしね。学校もあるし。

んじゃ、明日また頼むね、って言って回診と面会終了。

 

そして、、、、、そこから地獄の夜が始まる・・・・・

 

あの無駄に声の大きい先生のそれはそれはドラマティックな世界を見せられ、眠れない夜となるのだった。

 

つづく

手術中のことはほぼ覚えてません!

後で執刀医の先生、旦那、ICUの皆さんに聞いた話。

 

執刀医

「いやぁ、40数年ぶりの再開胸で、まさかあんなに胸骨止めてるワイヤーが石灰化していて、胸骨もカッチカチの大理石みたいになっていて、まさか普通に切れないと思ってなくて。で、特殊電動のこぎりで切ったんですけど。そのあと手で開胸できないから開胸器使って開けて。とにかく胸骨開けるのだけで2時間かかっちゃったんで、少し手術時間は伸びましたけど、案外そこがクライマックスで、あとはもう。開けちゃえば全然大丈夫でしたよ。これでここからまた元気になるでしょう!お疲れ様です!」

 

旦那→「すげー普通に寝てたよ。うん。」

 

IUC看護師さん達「元気そうでよかったです!まさか長男君のお母さんもだなんて!長男君のお母さんがだなんて!まじミラクル!」

 

…旦那、お前それしか感想ねーのかよ。

 

結局、すんげーカッターで胸骨切った挙句、逆に今度は閉胸するときに止めるのも四苦八苦だったらしく、ワイヤーで止めるのをあきらめてチタンプレートで止めたらしいです。なのでレントゲンに3つのチタンプレートがくっきり見えるw

しばらくはMRI禁止らしい。

 

40数年たつと胸骨、めっちゃ硬くなってるらしいよ!!

 

だから俺、上体そらしとか前屈苦手だったんやな。(いや絶対違う)

 

で。

 

手術は順調に進み(胸骨開胸以外は)、手術時間はおおよそ7時間半?

その後ICUに移動。

旦那には執刀医から説明とかあって面会してからホテル帰ったみたいだけど、私は夢の中。

夢すら見てなかった。

覚えてない。

三途の川すらみていない。

なんも覚えてない。

 

覚えているのは午後23時

 

「あるこさ~ん!あるこさ~ん!」

 

って、ゆっさゆっさ揺さぶられて、ハっと目を開けたら、見覚えのあるような天井。

(前に一回ICUでぶっ倒れてるんで)

 

で、見たことある看護師さんがいる。

 

「あるこさん、僕覚えてる?」

 

ああ・・・・息子の時にめっちゃくちゃお世話になった・・・・・・

 

イトウさん?(本当は近いけど名前違ってた)

と思って頷いて目を合わせて小さく首をコクンと一回振る。

 

「よかった!意識もどったね!」

 

それを合図にワラワラ集まる医療陣。

執刀医もいる。あと、無駄にいつも声のでかい大人の心外の先生がいる。

「あるこさん!よかったね!これで心臓クリアだからね!よかったね!」

ってめっちゃでかい声ですんげー笑顔で話しかけられる。

その後すぐに、執刀医の先生が

「じゃ、抜管で」

と一言。

その合図で、気管挿管を抜管。

 

そして

「じゃ、あるこさん、お名前は?いえますか?」と問われる。

 

・・・・

 

 

・・・・

 

「◎◎あるこです」

 

「よかったねー!お帰りねー!じゃ、また寝てねー!」っていう看護師さん達。

「お疲れ様でした~。じゃ、あとはまた寝てください」っていう執刀医の先生。

「これで元気だぁぁぁぁぁあ!」と、無駄に声のでかい大人の心外の先生。

 

いやいや、まてよ。

抜管するために起こしたんかい。

 

てゆうか、俺の声、でてないんですけど?!

 

みんなよく聞き取れましたね?

 

俺の声。

マジ、本間だったんだけど?

 

「◎◎あじゅおでず~」

 

 

みたいに、まるで声がカッスカスのガッスガスのデロデロだったんだけど。

 

で、また寝ろと。

えええええ?

寝れんのコレ?

 

って思ったけど、ほんの数秒でまた寝た(意識飛んだ)俺でした。

 

術後の気管挿管の抜管。

それだけのためにユサユサ揺さぶられ起こされた上に、声が本間。

まじか・・・と思う間もなくまた意識飛ぶ俺だけど。

 

ICUの天井だけはすごーく覚えてて、よくある、あの模様のあの天井。

病院ってなんであの天井なんだろう・・・・。

 

つづく。

 

当日の朝は夜勤担当が昔なじみの看護師Aさん。

朝5時に採血とラインとらなきゃなんないんだけど、

「あたし身内にラインなんかとれねーよ!」

って言って1回失敗w

いやいや、身内だけど(身内じゃないけど、あまりにも息子闘病中に家族になった感強すぎて、よく飲みに行ってたりしてたからねw)、

いやいや頑張ってラインとってよ~って言いあいながら、違う担当看護師Bさん(これまた夜勤担当だった)がきてラインとろうとするも、やっぱり逃げる私の血管www

 

あああ、やっぱ、もうAさんしかいないんだって!って説得して、老眼の二人で「そこだー!」ブスっって針さして留置w

20Gとかね、うん、わかるよ、めんどくさい血管でほんとごめん。

無事ライン取れましたわ。

 

で、7時からは水分もとれないから、7時前に指定された薬のんで。

うとうとする系のユーロジンとかですけどね。

で、7時半に旦那到着。

すでにうとうとしてるはずが、全くもってハイ状態な私を前に、サクサクと同意書に記入にしていく旦那。

で、二人で病室の片づけして。

術後はICUに入るから、一旦病室は片付けて出なきゃならんのです。

ほとんどは昨夜のうちにまとめておいたのだけど、最後の最後きっちり片付けて、携帯の電源切ってスーツケースに詰めて。

二人でロッカー入れてほぼ何もない病室で呼ばれるのを待つ。

待つ間、旦那に向けて書いた手紙(子供の事、万が一の時の銀行口座や、術後の報告してほしい連絡先一覧とかを書いておいた)を渡して、とにかく子供頼むね、って言ったら

「そんなさ、死ぬわけじゃなくて治しにいくんだから。頑張ってきてよ。」

と言われる。

ま、そうだ。

治しに行くんだ俺は。

そう思って二人で記念撮影して、自分もグッジョブ写真をとって、友達に「行ってきます」の挨拶しておいた。

そんなこんなしてるうち、いよいよ8時半前。

ストレッチャーもってきた看護師Aさんに

「ほぉら!いくよぉ!準備はいいっかーい?」と言われ、

「はぁい!あるこ行きまーす!」とアムロレイの掛け声で返す私。

爆笑する看護師さんチーム。

なんか薄ら笑いの旦那。

旦那に「行ってくるね。あとよろしくね」っていうと、無言でうなずく旦那。

 

そして、、、後ろからチョコンとやってきた主治医。

 

ストレッチャーに乗ってから、主治医の手をとって握って、「んじゃ、行ってくるね。頑張るよ」というと、

「頑張るのは執刀医の先生だからとにかく寝てきて。じゃ、あとで会おう」

と言われ、ちょっとだけ涙しちまった。

先生との関係性がよーくわかる看護師Aさんだけは下向いて「お前ら、ほんと何なのよ。泣かせんなよ」って言ってたけど。

 

20年。

 

この主治医と歩み続けてきた20年。

合間には妊娠・出産、そして、長男の出産により新たな関係性さえ生まれ(患児親とその主治医)、

幾度となく喧嘩もしたし遠慮なく切り付けられ、自分も切り付けて、喧々諤々、それはいろんな歴史があったな。

私の体も息子の体も診てくれて、今がある。

ストレッチャーに乗って天井見ながら手術室向かう間、ほんと走馬灯のように思い出すあれやこれや。

ありがとうでは片付かない、なんか戦友感のある主治医。

握った手の感触はユーロジンのせいであんま覚えてないけど、手術に向かう私に「寝ろ」っていうあたりが主治医らしいなぁ、と思ってるうちに、オペ室前室到着。

看護師さん達の申し送りを聞きながらウトウトする私。

ついてすぐに、麻酔科の先生の顔が見えて、酸素マスクのようなものを手にしながら

「はーい、あるこさん、おはよう!いまからすぐ寝るからね。1・2・・・・」

3を聞く前に記憶無くなってたw

 

そして、起きたのは、午後23時だった。

 

つづく。

思うところと、どうにもならない事情があってがあり、ブログ全消ししたんですけどね。

いや、来ましたわ~。

43年ぶり再手術になりました!

しかもすぐ!ま、やるしかない。