私の母はアルコール依存症だ。

いつからかわからないけど、
母は私が小さい頃からお酒を飲んでいたし、
そもそも小さい私と弟はそれが悪いことだとは思っていなかった。 

"お酒は大人が飲むもの"

その程度の認識だった。


今思い返せばお酒を買いに行くお駄賃が異様に高かった。
いつもなら50円100円程度。
なぜかお酒を買いに行くときだけは500円もらえた。

それが嬉しくていつも喜んで買いに行っていた。

お酒を飲む→酔っ払う

それがわかっていなくて、
今日のお母さんはなんだか変だ。
と、弟と少し話すだけ。

父は気づかない。
母はほろ酔いのままキッチンに立ち、夕飯を用意する。
父はいつも文句を言っていた。
またお惣菜か?本当に料理ができないな。
これが日常茶飯事。
ひどい時はご飯をゴミ箱に捨てたりしていた。
父は手を出したりはしないけれど、
物に当たったりはよくあった。
その時は怖いぐらいにしか思っていなかったけど、
今思えば完全なるモラハラだ。

うちは4人兄弟で私の上に二人いる。
上の二人はほとんど見て見ぬふりで
たまに手伝ってくれる程度。
私と弟でいつも酔っ払う母を布団まで連れて行き、
父のご飯を用意した。
お母さん体調悪いんだって。と、父に嘘をついて。


私が中学生になる頃、
母はもう完全にアルコール依存症だった。
母はお酒を隠すようになった。
私と弟が捨てるからだ。
その頃には気付いていた。
目がおかしかったり、呂律が回らないのを見たら、
見つけ出してすぐに捨てる。
どこにあるか家中探す。
イタチごっこだった。
洗濯機の裏に隠してあったり、ベランダに隠してあったり。
探し出して捨てるのも一苦労。

弟が母を押さえて私が捨てる。
大声を出すし、包丁を突きつけてくることもあった。
私も弟も腕には母の歯形ばかり。
弟は学校で虐待を疑われたこともあった。   

けれど、これは私達にとって虐待なんかじゃない。

母はお酒を飲んでいなかったらとっても優しい母だった
いつも子供想いで自分のことは全部後回し。
友達も周りに居なく、孤独だった。
すがりどころもない中で酒に逃げるのは当然だと
今は理解できる。
その中で子供4人を育てた母は本当に立派だ。

こんな事を思えるようになったのは、
私が二十歳を超えてお酒を嗜むようになってから。

私が14歳の頃だったか、
半ば強引に病院へ連れて行き、
アルコール依存症と診断され、
アルコールによる肝硬変などもわかった。

ここからが大変なのだ。
治って欲しい子供と酒に逃げたい母との戦い。

朝起きて、元気な母に会いたい。
その気持ちで部屋から
"お母さーん"
と呼んだ。

"はぁーいー"

この声だけでわかる。
お酒を飲んでるか飲んでいないか。

たくさん戦った。
幾度となく折れそうになった。
だが、アルコール依存症に終わりはない。
65歳になる私の母は今でもお酒を飲む。
もちろん医者には止められているし、
酔ってる母を見るとどうしようもないく嫌になる。

飲酒は違法でもなんでもない。
ドラッグや大麻などと違って、その辺りですぐに買える。
誘惑が多すぎるんだ。
手に入れる苦労もなければ、罪悪感もない。
だからこそ怖い病気なんだ。

私自身、お酒を飲むようになって気付いたことがある。

"お酒を飲んで本性が出る"
とよく聞くけれど、

お酒を飲んでいる時は強くなって、
思ってないことすら口から出る。
いつもの自分じゃなく、偽りの自分。

少しだけその力を借りたい時があるんだ。

山口達也さんは、借りっぱなしなだけ。
戦隊もののヒーローでいう、変身しっぱなしなだけ。

これから先、
TOKIOのみなさんや友達、家族が手を離してしまった時、
変身してもしても強くはなれなくて、
本当の意味での孤独になり、
これまで以上に酒に頼って生きていくことになる。

完全に断酒させるなんて、オリンピックで全種目日本が優勝を飾るだとか、年末ジャンボの一等を10年連続当てるぐらい難しいことだと私は思う。

そんな事を一人で背負わせるなんて想像もしたくない。

自分の意思などで解決できる問題でもないし、
完治する方法がない病気だからだ。

世の中には
-お酒に依存した本人が悪い
-もっと他に方法がなかったのか
そんな事を言う人がほとんどだと思う。

そうじゃない。
その人の悩み、弱さ、我慢強さ、プライド、優しさ。
それを理解出来ていなくて、
ただただ一緒にいて頼ってばかりの
私達周りの責任でもあるのだ。
気付いてあげられてたらもっと変わったのだから。


なってしまったものはしょうがない。
向き合う努力をして、その人を大事にする。

もちろんそんなに優しくはできないが、
それよりも苦しいのは本人なのだ。
周りを苦しめるから飲みたくない。
でも気付いたら飲んでいる。
それはどうしようも無い事実で、変えられない現実なのだ。

母は少し前に余命宣告を受けた。
なにがあっても私は母が大好きだ。

それからというもの
母が死ぬのを想像して怖くなる。
悲しいのはもちろん寂しくて辛い。
そして、ほんの少しだけ安堵してしまいそうだから。