おはようございます。

昨日、山形、新潟で震度6の地震。

宮城県では震度4であり、夜寝ていたこともあり、あ、地震だ・・・・寝よ。

という発想にいたり、朝まで寝てしまった・・・・・。

 

東日本大震災を8年前にもろに経験し、災害ボランティアセンターの職員として活動していた当時は、震災に対しての危機感があったのに、大きな地震を経験したために、このくらいならば大丈夫だという慢心がありました。

宮城は震度4だったんですが、山形、新潟は震度6。

津波の心配があったにもかかわらず、それらの情報すら朝のニュースで知りました。

改めて、震災に対する意識が薄れてきていると感じました。

 

今回の地震にて再度、備蓄品の見直しや家族と話し合うことができたのはよかった。

そして、震災時の経験からみんなスーパーや商店に我先に走るんだろうな・・・との経験を思い出しました。

家族分の備蓄を備えつつ、隣近所との日頃からの交流が大切なことも改めて思い出しました。

 

東日本大震災では都市部と農村部では人とのコミュニティの形成がまったく違い。都市部では自分と自分の家族を守る。

これも当たり前であり、良い悪いはないです。

農村部では町の大工さんたちが女性のために仮設のトイレを建設したり、旅館からは無料でおにぎりが配布されていました。

お互いに助け合っているんだなと感じました。

 

都市部の避難所支援をしていた私は、農村部の家族は大丈夫か。心配になりました。

家族の安否確認ができたのは、2週間後。

確認ができたときは地域の人達とわいわい話をしていて、あれ???ってなったのを思い出しました。

こっちとしては都市部の避難所で殺伐とした殺気や不安の空間の中で支援をしていたので家族は大丈夫か!!と思ったんですが、農村部のほうは人との繋りがしっかりしていました。

 

改めて普段からの隣近所との交流は大切で、震災時や非日常時になった時に最大の威力を発揮するんだなと思いました。

 

余談ですが家族が避難している避難所には仮設のお風呂までありました。

こちらは3週間以上、お風呂に入れず、被災者支援をしていたんですが。。。(^_^;)。

 

改めて、地域コミュニティーの構築に力を入れよう、市町村や包括支援センター、社協との連携をしていこうと思いました。