昔の日本の犯した爪跡は、なかなか治まる ことを 知らず、今も関係者には深く刻み込まれて いるよ うである。
それだけ、相手側に深い傷を残す日本の犯 した過 ちとは、「第二次世界大戦」である。
歴史的事実から当時の日本人が、幾ら戦争 状態と いう特殊な環境下だったといっても「人」 として やってはならない行為に及んだことは、と ても残 念である。 そのことが個人レベルで且つ公明正大な事 実とし て批判されることは、どのような批判も素 直に受 け入れて反省しよう。 現代の日本人が行った行為ではないが、同 民族と して、恥ずべき内容として謝罪をすべきで ある。
ただし、幾ら「憎い、悔しい」からと言っ て、事 実以上に内容を歪めたり、誇張される行為 は決し て許されないことである。 ましてや、人を教える立場の人間や知識人 と呼ば れる人々が、湾曲させた歴史を堂々と主張 するこ とは、もはや「立派な犯罪行為」である。
このような記事を見つけた。
韓国の聯合ニュースは3日、韓国記録写真 研究家 で、啓明大東山医療院名誉博物館長のチョ ン・ソ ンギル氏が「関東大震災で虐殺された朝鮮 人を撮 ったと推定される」。 として、同通信社に提供した写真を公開し た。
写真上部には、関東大震災が起きた、大正 十二年 九月一日と日付が明記されており、「数十 体の死 体が並べられており、死体の下着がはぎと られて いる。死体のそばに男性らが竹やりや鉄の 棒とみ られる非常に長い棒を持って立っている」 と説明 している。 そして、この棒を持っている男性たちは、 「関東 大震災当時、朝鮮人虐殺を行った日本の自 警団と 推定される」と主張。 さらに「女性の死体だけを選んで下着を脱 がし、 再び恥辱を与えたことは、虐殺をも凌駕す る蛮行 の極み」と酷評。
もし、この「写真の情景」が真実なら、こ のよう な酷評や罵声を浴びせられても仕方がない と思う 。 しかし、どうも事実は違うようである。
今回、批判の的となった同じ写真が、山形 県の東 北芸術工科大学東北文化研究センターに明 治44年 の「吉原大火の際の写真」として、「新吉 原公園 の惨状」という説明付きで、収められてい ること が判った。 大火で犠牲となった吉原の遊女たちを写し たもの とみられる ご存知のように、昔の女性は着物下は「腰 巻」ぐ らいしか身につけておらず、そのことが 「下着を はいだ」と見えたのだろう。
それにしても、昔の「この手」の写真があ れば、 すぐに「朝鮮人虐殺」に結びつけ、断言し 批判 する神経は、やはり先入観が強すぎると言 わざる を得ない。
それにしても、自国の批判や酷評ならまだ しも、 対外的にある国を批判するのなら、絶対的 な確 証が必要なうえ、その相手国に確認したう え で行うことが、普通であり、常識である。 相手国を散々、批判したうえで、「誤り だった」 だけでは、到底 許されるものではない。 「過ちの訂正」と「正式謝罪」が必要であ る。 しかし、お隣の国は相変わらず、「反日」 行為を やりたい放題であり、どうも世界情勢が見 えて いない国である。
とても残念ではあるが、今後も仲良くなれ そう にない国である。
Android携帯からの投稿
それだけ、相手側に深い傷を残す日本の犯 した過 ちとは、「第二次世界大戦」である。
歴史的事実から当時の日本人が、幾ら戦争 状態と いう特殊な環境下だったといっても「人」 として やってはならない行為に及んだことは、と ても残 念である。 そのことが個人レベルで且つ公明正大な事 実とし て批判されることは、どのような批判も素 直に受 け入れて反省しよう。 現代の日本人が行った行為ではないが、同 民族と して、恥ずべき内容として謝罪をすべきで ある。
ただし、幾ら「憎い、悔しい」からと言っ て、事 実以上に内容を歪めたり、誇張される行為 は決し て許されないことである。 ましてや、人を教える立場の人間や知識人 と呼ば れる人々が、湾曲させた歴史を堂々と主張 するこ とは、もはや「立派な犯罪行為」である。
このような記事を見つけた。
韓国の聯合ニュースは3日、韓国記録写真 研究家 で、啓明大東山医療院名誉博物館長のチョ ン・ソ ンギル氏が「関東大震災で虐殺された朝鮮 人を撮 ったと推定される」。 として、同通信社に提供した写真を公開し た。
写真上部には、関東大震災が起きた、大正 十二年 九月一日と日付が明記されており、「数十 体の死 体が並べられており、死体の下着がはぎと られて いる。死体のそばに男性らが竹やりや鉄の 棒とみ られる非常に長い棒を持って立っている」 と説明 している。 そして、この棒を持っている男性たちは、 「関東 大震災当時、朝鮮人虐殺を行った日本の自 警団と 推定される」と主張。 さらに「女性の死体だけを選んで下着を脱 がし、 再び恥辱を与えたことは、虐殺をも凌駕す る蛮行 の極み」と酷評。
もし、この「写真の情景」が真実なら、こ のよう な酷評や罵声を浴びせられても仕方がない と思う 。 しかし、どうも事実は違うようである。
今回、批判の的となった同じ写真が、山形 県の東 北芸術工科大学東北文化研究センターに明 治44年 の「吉原大火の際の写真」として、「新吉 原公園 の惨状」という説明付きで、収められてい ること が判った。 大火で犠牲となった吉原の遊女たちを写し たもの とみられる ご存知のように、昔の女性は着物下は「腰 巻」ぐ らいしか身につけておらず、そのことが 「下着を はいだ」と見えたのだろう。
それにしても、昔の「この手」の写真があ れば、 すぐに「朝鮮人虐殺」に結びつけ、断言し 批判 する神経は、やはり先入観が強すぎると言 わざる を得ない。
それにしても、自国の批判や酷評ならまだ しも、 対外的にある国を批判するのなら、絶対的 な確 証が必要なうえ、その相手国に確認したう え で行うことが、普通であり、常識である。 相手国を散々、批判したうえで、「誤り だった」 だけでは、到底 許されるものではない。 「過ちの訂正」と「正式謝罪」が必要であ る。 しかし、お隣の国は相変わらず、「反日」 行為を やりたい放題であり、どうも世界情勢が見 えて いない国である。
とても残念ではあるが、今後も仲良くなれ そう にない国である。
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