不発弾 | ほのサピエンス

ほのサピエンス

ちっぽけな【ただの人間】である私。

微々たる進化を綴りたいと思っています。

先日、私は自分の中のスイッチに気付かされた。





「嫌ならやらなきゃいい」

という言葉。





人の尻拭いで辛くなるというのは今に始まった事じゃなく

それ自体は私が克復すべき問題だし

多分、他人に対してはもうないだろうとも思っている。

第三者から言われても「その通り」と思うだけなんだけど

窮状を訴えた時に原因を作っている張本人から

「嫌ならやらなきゃいい」という言葉を言われると

腹の底から怒りが湧き上がる。





随分と心の整理をして来たけど

先日この言葉を聞いた時に

高速で巻き戻したように許しがたい感情が弾けた。





何でみんな同じような思考回路で同じ行動をして

私に同じ台詞を言うんだ

という思いで一杯になり

しばらくそのマグマが収まらなかった。





それを言った人達が今でも憎いかというと

私がその時々で最も大切にした人達で

当時とは形は違っても

むしろ今でも愛情を持って私の中に留まっている人達だと思う。





自分ではもう整理をつけたつもりでいたけど

この言葉は私にとっての地雷なんだなと気付いた。





思うままに生きて

嫌な事は人に任せて

それが辛いと言うと

「嫌ならやらなきゃいい」

「ことわらない限り甘え続ける」

と宣言した人もいた。

我慢の限界を越えて何かを言うと

私の言葉で傷付いたと言って来る。





先日は思いの丈を隠さずにぶつけた。





傷付くだけで済んでるなんて幸せだよ。

やってるほうは傷なんか付いてる暇もないよ。

傷付いたと言って昨日と同じ事をしていられるなんて

いい気なもんだと思うよ。

私が隣で倒れてたって気にもしないくせに

小石が顔に当たっただけで傷付いた傷付いたって言うんだよ。

自分は私の傷の事なんか考えた事ないでしょ?





相手そのものにはそれによる恨みも憎しみもなくて

何でこれで怒りが湧くのか掘り下げに入った。





私は利用されるとか

愛されないとか

そんな思い込みはもう解消されている。

過去も含めて自分が愛されなかったとも思っていない。

そんな風にしか生きられない人達で

自分を守る為にして来た事だというのもわかっている。





辿り着いたのは

【愛している人は私の心に無関心】

という所だった。

愛している人からは私が求めるものは得られない

という事が怒りの種なんだな。





みんな私に愛情を持っていてくれたと思っているし

一生懸命な人達だったと思っている。

優先順位の筆頭が常に自分だっただけで。





しかし、憎しみも無くなり怒りの感情を感じる事も稀になっても

まだまだ雑草は生えて来るもんなんだなぁ。





今まで心の中だけで葛藤していた感情を吐き出し

直接言ったのもあるし

久々に自分の掘り下げをして外したらスッキリ音符





面白いのは

【結婚したい】がyesになっていた(笑)





何でやねん…





色々な思い込みを取っても【結婚したい】はnoだったから

本当に嫌なんだなと自分で思っていたけど

【愛している人から気にかけてもらえない】

というのが結婚したくない理由だったんだね。

自分で選ぶ一番濃い愛情の対象だもんね(笑)





アカシック観たら再婚ありになっていたんだけど

これは信憑性が低いな(笑)