大人の自分 | ほのサピエンス

ほのサピエンス

ちっぽけな【ただの人間】である私。

微々たる進化を綴りたいと思っています。

シータの掘り下げをしていて

子供の頃の自分が辛かった時期やその出来事を観て

「その頃の自分に何か言葉をかけてあげるとしたら?」

という質問をする。





連続で子供達に掘り下げをしたんだけど、

「あの時は怖くて言えなかったけど

怖くても『やめてくれ』ってひとこと言うべきだった」

だったり

「一人ぼっちなのは今だけだって言ってあげたい」

という言葉が出て来た。





未だに引きずる子や

その後、劇的に楽しい学生生活になった子、

今現在の考えは真逆であっても

大人になった自分から見れば

過去の自分に足りなかったものは何か

というものをちゃんとわかっているんだな。





思っていてもなかなか出来ない事もあるんだけど、

葛藤を繰り返しながらも成長して来たんだという事がわかり

何だか嬉しくもあった。





当時、満足に対応出来なかった私にも

「あの頃はママも病気で自分の事で精一杯だったから仕方ないよ」

とか

「みんなが『大丈夫だよ』って聞き流しみたいな感じで

『何が大丈夫なの?』って思ってた。

解決して欲しかったわけじゃなくて

『そっか』って聞いてくれるだけで良かったんだよ」

という言葉もあった。





子供に関する事は

親である自分の過去をもう一度観る事になり

辛さと後悔の気持ちでいっぱいになるんだけど、

過去の子供達の姿を抱きしめる事で

私自身も癒されるというのもある。





現実にやり直しは出来ないんだけど、

イメージの中での癒しは今のその人に影響を与える

という事を知ってから

私も逃げずに子供達の過去の姿を観るようになった。





味方は誰もいない

と思っている自分の子供をイメージの中で抱きしめると

現実と同じ感覚になる。





全く後悔のない子育てをする事は不可能だけど、

子供達本人ばかりではなく

親も微々たる進歩ながら成長しているんだな。





シータをやって良かったと思うのは

私自身が直接働き掛けが出来る事だと思った。

親でなければ踏み込めない部分もあるし、

親も自分自身の非を認めなければ上手く行かない。

他の誰かではダメだという事になると

施術者からヒーリングを受ける事そのものを否定する事になるから違うんだけど、

親と子が別々に受けるよりも

ずっと中身が濃い感じがする。





(私以外の人に)「ヒーリングを受けてみない?」と言ったって

「そういうの信じてないから」

で終っていただろうし、

親が隠していた自分の落ち度や後悔も

子供はちゃんと知っていて

尚且つ許しているという事を知らされるのも

親にとっての救いになったりする。





長い時間をかけて構築された思い込みは

癒しにも同じくらいの時間が必要なものもあるけど、

その手段を知っただけで

解消の扉の前に立てたんだという喜びになっている。