少しずつ少しずつ食欲が戻りつつあります。
それでもきちんと食べられるのは夜だけだなぁ。
それも普通の量の7割くらい、日中はほとんど何も食べません。
でも、麺類だったら自分で食べやすい事が判りました。
と言う訳で、この日は塩ラーメンを作ってみます。

まず最初に用意したのが鶏肉。
珍しくスープから作った今回、
塩の味の邪魔をしないようなトッピングから作ります。

鶏肉を丸めたら、タコ糸で縛って。

周囲を焼き固めたら準備完了。

後はニンニクと生姜と。

長ネギなどでスープを用意して。

この中で30分ほど煮込んでやります。
前回の反省から、鶏肉は豚肉ほど煮込まないで良い事が判りました。
30分で充分に火が通ります。

煮えた鶏肉を醤油と紹興酒に漬け込み。

空気を抜いて、冷蔵庫に保管。

なんと、きちんとそれらしくなりました。

それを輪切りにすると、鶏のチャーシューの出来上がり。

思ってた通りの塩ラーメン完成。
う~ん・・・
チャーシューは鶏肉でもアリなんじゃないかな?
何しろ安いし、作る時間も豚肉で作るチャーシューとは比較になりません。
残ったチャーシューは冷蔵庫で保管して。
この後、酒の肴とご飯のお供になる予定です。
何故か知らんが、たまに無性に作ってみたい料理が浮かびます。
特にこんな料理は過去にも作った事が無いように思うのですが。
何を作ろうとしているかは、タイトルだけで全て説明されていますね(笑)

用意した材料はこんな感じ。
この乾燥した小さなエビって、意外と良い働きをしてくれます。

玉子に両者を合わせて。
かき混ぜたら、予熱で温めたフライパンに一気にドボーン。
問題は中を半熟で作ること。
フライパンの上でかき混ぜたら、形を整えてお皿にポン。
中華出汁をお湯に溶いて、片栗粉で仕上げます。

狙った感じで作れました。
中身はフワフワ、一部トロトロで良い感じ。
味はエビを多く入れすぎたので、かっぱエビせんみたいな風味(笑)
あまり食べられないけど、まだまだこうしていろんな物を作る気持ちがある内は大丈夫。
だんだんと食欲も少しずつですが戻りつつあります。
大学の後輩でもあり、自分の会社の社員でもある松ちゃんが。
シカゴ出張から戻り、お土産を持って来てくれました。

ジャック・ダニエル
シカゴと言うと、アメリカが禁酒法時代に暗躍したアル・カポネを思い出す自分。
(古すぎないか?)
そこへバーボンと来たら、なんかその時代に戻った気分。
因みに、この時代に出来た言葉があるのですが。
それはハイ、ジャック。
意味は乗っ取りと言う事なのですが、この時代に「ハイ」、「ジャック」と車の運転手に声を掛けて止めさせ。
そこから車を乗っ取った所から誕生した言葉だそうです。
だから日本のマスコミが使うハイジャックは飛行機。
車はカージャック、バスはバスジャックと言うのは間違いなんですね。

バーボン大好きな自分。
早速オンザロックでテイスティング。
ジャックダニエルを飲むのは久し振りです。
と言うのも、ジャックダニエルってバーボンの中でも異質な香りと味なんですよね。
ちょっとバーボンっぽく無いと言うか、独自の路線を守っています。
ワイルドーターキー、アーリータイムス、イエローローズなどはバーボンって感じでよく飲んでいますが。
ジャックダニエルはバーボンバーボンしていない感じ?
それでも、じっくりと香りと味を楽しませて頂きました。
松ちゃん、ありがとう。
リッター瓶なので相当重かったと思います。
大切に飲ませて頂きますね。
癌って本当の意味での病気ではありません。
生物が今まで、そしてこれからも子孫を作って行く上に必要な進化なんです。
もっと具体的に言うと、遺伝子に変異が起こって新しい環境に馴染もうとしているんですね。
だから治療が難しいんです。
これが病気だったら、とっくに効果的な薬も治療法も完成しているんでしょうね。

ダーウィンの進化論で、この事は説明されているのですが。
新しく変異をしようとしている癌細胞は、他の細胞より遥かに大きくなり、その分エネルギーも全て横取りして行きます。
そして発生した場所、転移した臓器で増え始め。
最後は各種臓器の正常な細胞が死滅してしまうんですね。
その大量にエネルギーを消費していると言うのを、今は自分の身体で実感しています。
負けるものかと気合を入れても、刻1日と体力が無くなって行きますね。
あとどれくらいブログを書けるか判りませんが。
できる限り報告をあげて行くつもりです。
逆に癌になった人達って、神様に選ばれし人達なのかしら?
そうだとしたら、このまま長生きしたら空を飛べるようになったりするのかな?
そんな事を考え出すと、夢も膨らみますね。
まだまだ気力は衰えていないので大丈夫。
こうしてたまにブログをアップしますね。
少し意識が戻って来ました。
ご心配をお掛けした皆さん申し訳ありません。
また、たくさんの応援コメントをありがとうございます。
頂いたコメントは全て読ませて頂いております。
ちょっと時間がかかるかも知れませんが、全て返信しますので少々お待ち下さい。
先週あたりから、全く食欲が無くなりました。
これは意識を失って倒れた際に、思い切り顔を強打してムチウチになった事による薬の副作用かと思います。
そんな飲まず食わずの状態で、今週の火曜日は大学病院へ行き。
病院内の受診科を何箇所も歩かされたので、相当身体が疲れたようです。
どうにもこうにも、この病気は飲まされる薬が多過ぎるんですよね。

1回で飲む薬の量。
今はこれに5錠くらい増えているのかな?
何しろ、病気そのものよりも薬の副作用でボロボロにされます。
それと言うのも、最初に発病した後からあちらこちらに転移して行くので、その都度薬が増えて行くんですよね。
今回の食欲不振は恐らくロキソニンの影響でしょう。
お陰で体力が無くなり、疲れやすいだけで無く体力回復まで3日もかかってしまいました。
それでも徐々に何か食べたいと言う気持ちが湧いて来ました。
まだ本当に食べられるかどうか判りませんが、今日あたりからまた何か作ってみようと思います。
まずは久し振りに朝ご飯を食べてみます。
応援してくれる皆さんの気持ちに応える意味でも、もう少しだけ頑張ります。
全く食欲の無い毎日。
もう身体が栄養を要求していないのかなぁ。
それでも何か食べなくちゃ。

冷凍庫で保管していた娘2から贈られた日本鰻。
いつもなら、完全にタレを落として白焼き状態にしてから蒸すのですが。
今回は食べる量も少なく、体力もあまり無いので簡易調理で誤魔化します。
鰻は皮を下にして素焼きにし。
そこに日本酒を加えて蓋をして蒸し上げます。

食べるご飯はこれくらい。
お握りひとつ分も無いかなぁ。
でも、今はこれでも精一杯。

そこに鰻を載せたら、鰻のタレを煮詰めてかけます。
仕上げに山椒を振って、鰻丼ダブルの完成。
問題は全部食べられるかどうか。

いざと言う時の為に出汁を引いておきます。
まぁ食欲が無いと言うだけで、いざって程の事でも無いんですけど。

案の定、途中でお腹いっぱいになったので、出汁をかけて流し込みます。
鰻茶、そういう料理じゃ無いんだけどなぁ。
もう大好きな鰻も味わえなくなっちゃったのかしら。
因みに昨日食べた食事は、カットフルーツと焼売2個だけ。
ほとんど部屋から出ないし、寝て過ごしているんだから、必要な栄養はこんなものなのかもね。
今の自分の現状で最も困っている事が。
食欲が全くありません。
その気になれば3日ほど何も食べなくても、いつもと変わらず過ごせそうです。
でも実際には生命維持の栄養素がどんどん削られて行き、また病院で倒れるなんて事もあるかも知れません。
なので今回は1回の食事で栄養価が高く、食欲が無くとも食べ易いご飯のお供を作ってみました。

スーパーで見つけたモロヘイヤ。
これって夏の終わりの2週間程度しか出回らない野菜なのですが、栄養価に関してはスーパー野菜なんですよ。
以下、ネット情報
モロヘイヤは、ビタミンA(β-カロテン)、ビタミンE、ビタミンC、ビタミンK、葉酸、カルシウム、鉄分、食物繊維などを豊富に含む、非常に栄養価の高い野菜です。とくにβ-カロテンは他の緑黄色野菜と比べても含有量が多く、抗酸化作用や粘膜の健康維持、美肌効果などが期待できます。また、食物繊維も豊富で、腸内環境を整え便秘を改善するほか、生活習慣病の予防にも役立つとされています。

加工するとネバネバする食材としても知られているモロヘイヤ。
どうせだったら、他のネバ系食材と合わせて加工してみます。
まずは葉の部分と茎に分けて。

茎の根に近い部分だけ3分の1ほどカット。
残念だけど、この部分だけは筋っぽくて食べ辛いんですよね。
後は残った茎から煮て、途中から葉を煮てやります。

茎で1分、葉を足して30秒くらい?
あっという間に食べられるようになりました。

これを冷水で冷やして、充分に水を絞ってやります。
モロヘイヤのお浸しの完成なのですが。
やっぱりこれだけだと、ちょっと苦くて大人の味かな?

水を絞ったモロヘイヤを刻んでやります。
この時に出て来るネバ系が身体に凄く良いらしい。

続いて山芋をすり下ろして・・・

ひき割り納豆と混ぜ込みます。

更に茹でたオクラを刻んで。
モロヘイヤと一緒に混ぜてやると。

夏バテ解消のスーパー食材の完成。
お醤油を刺して頂くのですが。
この時に玉子など一緒に入れても良いかもね。
スルッとご飯が飲み込めますよ。
今回もチマチマ作っていたお弁当をご紹介。
手術もあり、術後の後遺症もある中、何とか早朝から働けそうな時には。
できる限りお弁当を作ってあげようと頑張ってはみましたが。
やっぱりあちらこちらに手抜きが見えますね。

これはタラだったかな?
照り焼きにして甘辛く整えてみました。

かにチャーハン
っぽいけど、実はかまぼこ・
白いご飯が余っていると言うので、冷凍保存していたご飯を消費。

ゴーヤ丼
ゴーヤ大好きかみさんに、ゴーヤを前面に出したお弁当。
一応苦みは抜いてあるけど、かなり大人の味。

昭和のウインナー弁当
を、目指したつもりなんだけれど。
ちょっと思っていたのと違う。

鮭のっけ丼と煮物。
真夏の暑い朝から煮物なんて作るべきでは無いと言う反省の一品。

こちらも大好物の唐揚げ弁当。
我が家の唐揚げの味が大好きなんですと。

さば味噌弁当
さば味噌はランチやディナーで出て来ると嬉しいけれど。
見た目がお弁当に向かないみたい。

鮭フレーク弁当
決して手抜きではございません。
むしろ鮭の下ごしらえからフレークに至るまで、相当な手をかけているのですが。
全然それが伝わらんな。

今度こそ昭和のウインナー弁当。
とは思ってみたけど、やっぱり昭和を代表する赤ウインナーじゃないと無理。
今回も派手に玉砕。

鶏チャーシューの玉子綴じ。
細かい鶏チャーシューを無理矢理使ったお弁当。
でも、これはこれでアリかも。

高菜と明太弁当。
なぜか最近は高菜にハマっているかみさん。
明太子と合わせてやったら、九州の博多弁当になりました。

牛の座布団ステーキ丼。
ステーキと言う割にはやたら薄い。
これをお店で出したら怒られる品質。

とりあえず生姜焼き弁当。
生姜焼きと言えばお弁当の基本のキ。
初心に戻った振りをした、超手抜き弁当でした。
以上が体調が許す限りチマチマ作った手抜き選抜。
闘病生活以外の投稿は久し振りだぁ。
立ち上がると2秒後に目の前が真っ暗になり、5秒ほど気を失ってしまう現象。
その5秒間の間に、顔から壁や床に転び落ち。
気付いた時には眼鏡が粉砕され、顔中が血だらけになっている事が数回。
これは肺に転移した癌が、血中酸素を供給出来ずに酸素濃度を90%前後まで押し下げているのが原因だと思っていました。
それが証拠に、右肺の外側が痛み胸膜炎を起こしている模様です。
きっと、もうこのままなんだろうなぁ。
そんな風に自分自身を諦めかけて、よくまぁ発症から5年間も頑張りましたと褒めてやり。
これ以上ブログやSNSを続けても、暗い報告しか出来ないやと考えていたのですが。
座っていたり、寝ていた姿勢から立ち上がると毎回起きるこの症状。
冷静に自分自身で見直すと、これって立ち眩みの酷い奴じゃ無いの?
改めて原因を考えてみると、毎回の採血で頂く血中成分の一覧表ではヘモグロビンは足りています。
白血球の割合も充分に持ち堪えているようです。
体内の血が足りない訳では無さそう。
じゃあ、いったいなんで?
ツラツラ考えるに、小学校や中学校の朝礼で、朝礼中によく倒れている女子がいる事を思い出しました。
似てる・・・
なんか今の自分と症状だけは似てるよね。
そう思った時に、まさかと思いある計測を行ってみます。
元々自分は20年ほど前に遺伝から突然血圧が上がりました。
家から緊急搬送された経験を持っていたのですが、それ以降高血圧を抑える薬は常備薬となり。
毎日降圧剤を飲んでいました。
今も毎日飲む大量の薬の中に降圧剤が2種類含まれているのですが。
そのお陰で血圧は上が130から150前後、下が90から110前後に抑えられていました。
これでも健康な方から見れば充分に高い数値ではあるのですが。
まさかと思い、昨晩血圧を久し振りに測ってみました。
降圧剤は朝に飲んだだけです。
出た数値に驚愕。
上が90、下は50を切っています。
知らない間に自分の血圧はとんでも無い事になっていました。
早速、主治医にメールを送り降圧剤を暫く休む事を報告します。
それと同時に、毎日血圧の測定をする事としました。
また、姿勢を変える時の独自ルールとして、立ち上がる前は5秒ルールの適用。
これは姿勢を変えてから5秒間は立ち上がらないという独自のルールです。
このルールにより現在は気を失う事が無くなりました。
まだ根本的な解決をした訳ではありませんが。
まだもう少しだけ生きる希望が湧いて来ました。
明日からは、もう半分人生を諦めかけていた時に、自分が行っていた事を少しずつご報告させて頂きます。
5年前の出来事、メインイベントを書く前に・・・
右胸の外側が痛くなって来ました。
調べてみると、癌の転移において右胸と左胸って全然意味が違うのね。
右も左も両肺に無数の転移が広がってはいるんだけれど。
まだ左肺は気胸になる程度(これも結構やばい)で、直接虹の橋とは関係無いらしい。
自分は既に気胸も患ったし、左肺は既にほとんど塞がっていて、
脳静脈の左側も完全に堰き止められた状態。
だから今後は右肺に何か起きても、放射線は元より何も治療をする事が出来ません。
で、右胸の外側が肋間神経痛の何倍も痛くなって来たんだけれど。
これって、いよいよ末期の症状らしい。
左肺と違って右肺のこの症状は、癌が肺を潰し掛けている状態で肺の神経を刺激する事によって起こるもの。
なんか、だんだんと、着実に虹の橋が近付いて来たなぁ・・・
さて、話しを5年前に戻しましょう。
大学病院診察初日に待ち構えていたのは、平成立石病院とは比較にならない大きさのモニターを備えた胃カメラでした。
事前に確認されたのは、今日はお昼御飯を食べてませんよね?
たったそれだけ。
返事をしたかしないかの内に、ベッドに寝かされて口の中にカメラを放り込まれて行きます。
うぐっ
悲鳴とも嗚咽とも付かない自分の声。
技師とは別の看護師さんが背中を撫ぜてくれますが、カメラはどんどん最深部に入って行きます。
モニターを見ていると、平成立石病院で見慣れた光景が大きく映し出されています。
検査開始から30分も過ぎた頃、やはり何も見つからず最深部へ到達。
ところが、ここから町医者と大学病院の違いを見せつけられる事になります。
もう行き止まりじゃん、行く場所無いよと思ったその先へ。
強引に入り込んで行くカメラ。
まるでお腹の中にバットでも入れられたような苦しさ。
涙を流しながら藻掻き苦しむ自分の横で。
あった。
カメラ技師が一言つぶやきます。

強引に胃を通り抜け、十二指腸の真ん中に到達した瞬間。
今まで探していたものが見つかりました。
即座に◯◯先生、◯◯先生、あと◯◯先生を呼んでと指示を出すカメラ技師。
この苦しい状態のまま5分ほど先生たちの到着を待ちます。
先生たちが続々到着すると、みんなモニターを見ながら・・・
うん、間違いない。
後は解らない単語だらけで何を言っているのか理解できませんでしたが。
先生から、サンプルを取っておくように指示が出されたのだけは解りました。
胃カメラが投入されてから45分。
自分史上最も苦しくて長い胃カメラの診察が終了です。

おかもとさん、十二指腸癌です。
へ?
そう告げられても、そもそも十二指腸ってどこで何をしている方なの?
その程度の知識も無い自分。
けれども、そこから先の大学病院の設備の凄さ。
今から緊急入院です。
まずは腹部CTを撮影して下さい。

何も考える暇も無く、次の検査を指示されます。
どんなに優秀な医師であっても、さすがに大学病院の検査施設には敵いません。
川東先生がすぐに転院を指示されたのは、これが目的だったんですね。

そして、それが終わるとカプセル内視鏡。
1秒間に2回ずつ光り、食堂内の写真を一晩で5000枚も撮影してくれます。
直径1cm以上、長さは3cm以上?
これを飲まされ、すぐに入院手続きに入ります。
十二指腸?
はて?
盲腸みたいな奴かな?
この時の自分は自分が置かれた立場を、全く理解していませんでした。
養老先生の◯カの壁を地で行く自分。
広い病院内で、右も左も解らず単にキョロキョロしている不審者だったのです。