いつも家で寝てばっかりの自分を元気付けようと、娘2が外食を提案して来ました。
行くお店はかみさんも娘も大好きな、亀有の名店寿司のなかや。
自分が外資のIT企業にいた頃は、毎晩お客様と食事をさせて頂きましたが。
正直、これほど丁寧に、しかも食材を最も美味しい方法で出してくれるお店はそうそうありません。
しかも価格は下町亀有の価格となると、そりゃあ評判にもなりますよね。

予約を取るのすら難しいお店ですが、偶然にもたまたま予約が出来ました。
ちょっと早く到着したので、まだお店は支度中。
それでも親しくしている板さん達と話しをしながら待たせて貰う事に。
快く迎えてくれる板さん達。

お店のデザインもひとつひとつ綺麗なのよ。
こういう気遣いがお客様を呼ぶんでしょうね。
そして親しくなった板さん達との会話も楽しい~
でも心配なのは自分の食欲。
果たして1人前なんて食べられるのかしらん?

まずは烏龍ハイとサラダからスタート。
自分の体調をよく知っている板さん達。
気を使ってコースじゃ無くて、アラカルトでも受けますよとアドバイスしてくれます。
いえいえ、食べられる所まで行ってみますと応える自分。

お寿司スタート。
1貫ずつ出されるお寿司。
ここでは塩や醤油、カボスやタレなど全て塗られて出てきます。
気を使ってくれて、シャリは小さく握ってくれていますよ。

もう後は説明入りませんね。
しばらくなかやのお寿司をご堪能下さい。

二杯目からはお湯割り。
不思議とお酒は飲めるんです。



そして三杯目。




そしてのどぐろ。
他にもたくさん出たんだけれど、料理はもちろん板さん達との会話が楽しかったなぁ。

お寿司の締めは玉と我が家の法律で決まっています。
まさか自分でもこんなに食べられるとは思いませんでした。
昨今の自分の食欲で考えると、およそ一週間分の食事をしたんじゃなかろうか。
本当に美味しいものなら食べられるのかなぁ?
誘ってくれて、お支払いまでしてくれた娘2に感謝です。
いやぁ本当にごちそうさまでした。
最近は頻繁に娘たちが帰省して来ます。
恐らく自分の身体を心配してくれている結果だと思うのですが。
やっぱり帰省して来ると実家の味を楽しみたいらしく、毎回我が家で食事して行きます。
身体が疲れていない限り、何か作ってあげたいのですが。
流石に昔のように2品3品と作ってあげられなくなってしまいました。
(普通実家と言えば母の味じゃ無いの?)

この日は野菜スープの中華版。
自分の食事も兼ねて、ごろごろ野菜をじっくり煮込んだものですが。
煮込む時間差で投入したさつまいもが思いがけずに良い仕事を。
いつもの自分の料理だったら、もっと中華風に仕上げるところなのですが。
最近の食欲不足を考慮して、足りていない繊維質やらなんちゃらやら色々と摂取する目的で作ったのが良かったみたい。
薄い塩味で煮込まれたさつまいもが、驚くほど甘いんです。
他の野菜達もそれなりに甘く美味しいんだけれど、さつまいもの甘さが際立ちます。
さつまいもって、こうやって煮ると本当に甘くなるのね。
焼き芋でも味わった事の無いさつまいもの甘味に、なんで今まで試さなかったんだろうと後悔した一品でした。

続いて、こちらは娘2が大好きな天津丼。
玉子は半熟、上にかける餡は酸味の効いた味が好きなそうです。
その程度ならお安い御用、ものの10分もしない内に完成しました。
けれども、本当に体力が無~い(泣)
この日もこれでおしまい。
あと2ヶ月もしたら年末年始なんだけれど。
こんなんで我が家の食卓を賑わせる事が出来るのかしら?
ってか、その前にあと2ヶ月頑張れるのかという問題は残るのですが。
それでも、なんとか頑張ろうと思った一日なのでした。
ソフトボールの関係者と言えば、自分がお付き合いしているのは選手だけではありません。
中には熱烈なソフトボールファンとか、選手たちのご父兄まで(笑)
その中でもいつも自分を応援してくれる日本代表選手鎌田優希のお母様(チハルン)と、この人以上のファンはいないんじゃないかと言うミユキンから我が家に来たいと連絡がありました。
特にチハルンは遠く博多からやって来るものですから、宿泊代を浮かせてあげる為にも是非とも泊めてあげたい気持ちはヤマヤマ。
加えて、実際は僕も2人に会いたいと言う気持ちがあります。
けれども、駅から離れている我が家。
車で迎えに行ってあげる事もできません。
それよりも、今の体調では満足なおもてなしも出来そうにありません。
残念乍ら、今回はお断りさせて頂きました。
それでも2人が合流したら、せめて電話で声だけでも聞きたいと。
当日電話がかかって来ました。
電話の応対くらいなら出来るかなと、電話に出たらとても喜んでくれる2人。
「今、亀有なんです」、どこか電話し易い場所を探して歩いています。
それならと、駅の側の公園を教えてあげたんだけれど。
なんか、歩いている時間が長い。
おかしいなーと少し感じ始めた頃。
岡本コーチが寝ているのは2階ですか? と、まさかの質問が。
「ええっ!?」と家の防犯カメラを見たら、二人とも家の前まで来ていました。

二人ともモザイクを入れるのが勿体ない美人なのですが・・・
そんな所まで来られて、今日は無理なんて言えないよねー
何も出来ませんがと、我が家に上がって頂きました。
「はい どーじょ」Tシャツを着ているのがチハルン。
新しくゲットして喜んでいるのがミユキン。
せっかくなのでお茶代わりのバーボンをお出しして、楽しい会話で盛り上がります。

素敵なお土産も頂きました。
二人とも遠路はるばる僕を励ましに来てくれました。
なんて自分は幸せものだと感じながら。
ちょっと調子を落としている優希を見て欲しいというお願いと。
11月によみうりランドで行われるJDリーグの日本一を決める決勝戦を一緒に観に行くという約束をさせて頂きました。
なんか、こうして誰かと話すだけで凄く元気が出てきます。
チハルンもミユキンも本当にありがとうね。
また遊びに来て下さいね。
自分はあまり他人のブログをフォローしたり、無闇にコメントを入れないよう気を付けています。
なので自分がフォローしているブロガーは極めて少ないのですが。
その内の一人に北海道のトンちゃんと言う女性がいらっしゃいます。
僕がトンちゃんのブログを読み始めた頃は、ご主人と二人暮らしでそのご主人がまだ闘病生活をされていた頃。
自分も疾患を抱えているので、それを支えてくれている身近な人はどんな思いなんだろうと興味を持ったのが始まりです。
当初は僕も彼女のブログを読むだけだったのですが、ご主人が虹の橋を渡られて自分の感情を抑えきれないトンちゃん。
そんな気持ちが素直に綴られていて、思わずコメントで励ましてしまったのが最初だと思います。
また、このご主人が素敵で立派で優しい方なんですわ。
そんなご主人との思い出や、家族を失った悲しみを率直に書かれているトンちゃん。
僕じゃ無くても応援したくなりますよね。
トンちゃんとブログでお付き合いするようになってから、少し元気が出たように感じます。
それはトンちゃんの旦那さんが、自衛官としてとても立派な指揮官であったせいかも知れません。
僕なんかが自分と並べて話すような相手では無いことは充分承知していますが。
トンちゃんを通じて、もっとしっかりしろよと言われている気がするんですよね。
ありがとうトンちゃん。
そしてありがとう天国のマコちゃん。
いつかは言われるだろうと思っていました。
それがどんな形でどんな宣告だろうと思っていたけど。
意外と早く、それもあっさりと言われた事にキョトンとしています。

先日、主治医の消化器内科を受診した時。
車椅子で診察にお伺いした自分を見て。
もう通って来るのは辛いでしょう。
確かに病院までの至近距離に通うのすら辛くなっています。
タクシー無しでは通えないほど。
そんな自分の姿を見て、主治医のK先生から在宅介護を進められました。
その方が楽だろうし、通ってくる負担は減るからと言うもの。
でもね。
これ、裏を返すともう病院では何も出来ないと仰っているんですよ。
確かに何回通っても、毎回同じ薬を処方されるだけ。
しかも待ち時間は毎回3時間以上はかかります。
とは言え、大学病院では成す術が無いと言われてもなぁ。
確かに治療法も、薬も無い事は理解していたけど。
とうとう来たかぁって感じ。
なので来月定期検診に行って消化器、呼吸器、放射線課は全て終了となる見込みです。
後は癌と直接の勝負をするだけです。
(まず勝ち目は無いと判っているけど・・・)
ただ月に1回の脳腫瘍検査だけは続行されるようですが。
今まで大学病院で毎回受けていた検査はどうなっちゃうんだろう?
でも、主治医のK先生の辛そうな顔を見てると、今まで5年間もありがとうございましたって言葉しか出てこないよね。
本当に今までお世話になりました。
後はどれだけ生きていられるか判りませんが、今日まで生き延びられたのは先生たちの懸命な治療のお陰です。
この先、どうなるかは判りませんが、後は気力の問題です。
出来る限り頑張ります。
何とか自分の足で立てるようになりました。
それでも、まだ時折立ち眩みに似た痙攣が起きます。
座っている時から急に立ったり、歩き始めた瞬間から5秒後だったり。
なので、トイレに急いで行きたい時でも、じっくり落ち着いて立ち上がり、5秒ほど待ってから歩き出さないと危険なんです。
自分では立ち眩み程度にしか感じませんが、周囲の人達は突然目の焦点が合わなくなっているのが解るそうです。
随分と弱くなったものだなぁと感じる反面、今回の副作用が落ち着いた瞬間に、自分で出来る事をやっておこうと家の中で自分にしか出来ない作業をすることにしました。

この日は暫く研いでいなかった包丁のメンテナンスを行います。
この日使うのは1500番2000番3000番4000番6000番の5種類。
通常は1000番辺りから中砥と呼ばれ、家庭用包丁であれば充分な研ぎ味を見せてくれるものですが。
我が家では1500番くらいまでは荒砥扱い。
2000番から4000番を中砥と呼んでいます。

とにかく切れ味の落ちた包丁。
まずは普段使いの牛刀、伍郎政宗から研いで行きます。
これね、慣れて来るとこの包丁は日頃どこを使って切られ、どのように切ったのか判って来るんですよ。
今回切れなくなっているのは1箇所。
それも押切が繰り返されたようです。
それでもそこだけ研いだら、その部分だけ刃が減ってしまうので、研ぐのは全体と言う事になります。

不安になったのでいつも使う包丁も確認する事に。
どうやら出刃と柳刃は使っていないようですが、1ヶ月間お手入れしていなかったのでメインの3本だけ研いでおくことに。
包丁たちも久し振りにお風呂に入ったみたいで喜んでいます。

続いて2000番から4000番と研ぎ澄まし、徐々に切れ味が戻って来ました。
この状態になると包丁は引かなくてもある程度の物は切れてしまうので。
押すだけって使い方になるのは理解できるんだけど、今度からちゃんと引いてね。

最後は6000番で鏡面仕上げ。
今日はここまで。
体力の全てを使い果たした感じ。
それでも切る道具が、すっきりと来れるようになったので、自分もスッキリと致しました。
また魚を卸す所から料理してみたいけど、もうそんな体力は残ってないみたい。
今回で8度目の脳腫瘍手術。
33個の脳腫瘍を除去してから、今日でちょうど一週間。
退院2日目から始まった今回の副作用。
ようやく治まりを見せました。
毎回出る脳腫瘍手術後の後遺症ですが、どこに腫瘍があったのかで副作用の症状も異なります。
今回は8個、それも小脳に4個か5個。
かなりの範囲でガンマ線を受けた事になります。
脳腫瘍に当てる放射線は1箇所に1本のガンマ線をピンポイントで狙うのでは無く。
1箇所の腫瘍を200箇所くらいから同時に狙うんです。
その接点が腫瘍に集まるように当てる訳ですから、全く関係の無い部分にも少なからずガンマ線が当たっている訳で、それが後々の後遺症となって現れます。
今回の副作用は全身の力が抜き取られました。
ペットボトルのキャップも開けられず、ベッドから起き上がる事も出来ません。
寝たきりってこんな感じなんだろうか?
食欲も奪われ、立つことが出来ない身となっては、頑張れ負けるなと言われてもどうしようもありません。
それが今日になり、ようやく自分で起きれるようになりました。
一週間に渡る副作用が落ち着いたようです。
ようやく普通の生活に戻れそうです。
そうとなれば、まずは痩せ細った身体を何とかする為に、今までやりたくても出来なかった事から片付けていかなくては。
今回も8度目の脳腫瘍手術。
取っても取ってもキリがありません。
今や1ヶ月に一度の恒例イベントとなっています。

今回見つかったのは8箇所。
写真を見ると、そこかしこに散らばっているのが解ります。
新しい腫瘍が7箇所、再発が1箇所、これで33個目の腫瘍となりました。
8個の腫瘍は小脳にも転移しています。
最近ちょっとふらつくのは、このせいかぁ・・・
そう思いながら病室へ向かおうとした時。
例によって猛烈な目眩とと共に2,3秒気を失いかけました。
「痙攣~っ」
看護師さん達の叫び声が病院内に響きます。
即座に数人の看護師さん達が車椅子と共に駆けつけます。
自分としてはここ何度も経験しており、単なる立ち眩み程度に思っていたのですが。
周囲からすると、突然目の焦点が合わなくなり、動きも明らかにおかしくなっているそうです。
結局車椅子では無くて、ストレッチャーで病室まで運ばれる事になりました。

病室で食べる病院食。
ここで、そろそろ自分は駄目なのかなと思うことがふたつ。
ひとつ目は例によって部屋がナースステーションの前を指定されたこと。
もうひとつは初めて、家族の同伴入院を求められたことです。
もう嫌な予感しかしないところ。

ですがかみさんは結構喜んでいる様子。
いったん家に戻って、旅行セットを持って来ました。
どうして自分も呼ばれたのかより、いつも写真でしか見れなかった病院食が食べられる事が嬉しいみたいです。
意外と美味しいね♪
満面の笑みでご飯を食べるかみさん。

翌日は8度目の手術。
今回は3時間という長丁場の手術となりましたが、それ以上にあまり麻酔が聞いていない事に愕然としました。
顔に装着する鉄製のマスクを付ける為に頭蓋骨に打ち込んで行く固定ネジ。
骨伝導で聞こえて来る音は、硬い壁に無理矢理ねじ込むあの音です。
同時に物凄い激痛が・・・
刺し終わった後も激痛は消えません。
幾分治まったかと思ったら、そのまま自室で1時間以上待機。
寝てしまったと言うより、気を失ってしまいました。
そこを起こされて、病室へ運ばれると今度は顔のマスクと固定器具を合体させます。
これが金属同士がぶつかる音が骨伝導で聞こえて来ます。
同時にやってくる激痛また激痛。
半泣きの状態で手術開始。
手術直前に追加で入れた麻酔は2時間ほどで解けて、残り1時間は痛みとの戦い。
終わってからも、ボルトを引き抜くのがまた痛い。
木ネジを回す度に、入れられた時と同じ痛みが走ります。
そのままマスクを外したらストレッチャーで病室へ。
ここから痛み止めが効くまで1時間。
「おかえり、痛かった?」
隣で聞こえるかみさんの声。
こんなんで明日帰れるのかなぁ?
それと同時に家に残してきたニャンズの心配。
家には急遽娘1が泊まりに来てくれたようです。

翌日は娘2も病院まで迎えに来てくれました。
お金持ちの娘2は、病院から自宅までタクシーを手配してくれましたよ。
お陰で楽ちんに帰って来る事が出来ました。
さて今回の手術は8箇所。
これだけ広範囲にガンマ線を照射したら、明日以降から始まる後遺症も相当酷いものになると思います。
元気にしていられるのも、今日までくらいかしら。
先日、体調が優れない中、車でコストコに行って来ました。
何しろ体力が落ちているので、50mも歩いたらちょっと休憩。
歩いちゃ休み、歩いちゃ休みを繰り返しながら、無事に家まで戻って来ました。

買って来たのは鮭のフィレ。
そう、我が家の朝食は鮭と白ご飯って規則で決まっているのです。
(最近は全然食べていないけど)

買って来た鮭にアテ塩をして、まずは余分な水分と臭みを抜きます。
これをやるのと、やらないのでは大違い。
俗に言うところの塩水処理の準備です。

モノの10分程度で表面に汗をかいて来ました。
この汗をかかせるのが大切。
これで魚の臭いの大半は抑え込めます。

汗をかいたらすぐに立て塩で作ったお水で洗い流します。
立て塩とは海水と同じ程度の食塩を入れたお水のこと。
これをやるから、この作業は塩水処理と呼ばれているんですね。

ここでもうひと仕事。
洗った水分を拭くのと同時に、余分な血合い骨を全部抜き取ります。
これが我が家の魚は全部軟体動物かと言われる理由。
実は大変な苦労をしている訳でございます。
この大きさのフィレだと、細くて長い骨が20本ほど入っています。

この作業を終えたら、パーチシートに包んで冷蔵庫で2時間ほど寝かせます。
の、筈だったんだけど・・・
何しろ体力が無い現在。
この後で寝てしまい、起きて気が付いた時には24時間が経過しておりました(汗

危うく干物になりかけた鮭。
いよいよ最後の作業。
使い易い大きさに切り分けて、味付けを行います。
って、これが包丁が全く切れません。
なんじゃ? この包丁の形をした鉄板は?
そう言えば、入退院を繰り返すようになってから、全然包丁の手入れをしていませんでした。

急遽出刃に持ち替えて、鮭を切り分けて行きます。
肉厚なので少し大きいかな?

それに強塩をして完成。
生の鮭なので、このくらい塩を振らないと美味しくなりません。

完成した鮭をまたパーチシートで包みます。

それを真空パックしたら保存準備完了。
後はこれを冷凍庫へ放り込んでおしまい。
この状態になれば、半年や1年は充分に保ちます。
魚の腐敗の原因は水と空気。
パーチシートで最後に出て来る余分な水分を抜きながら、真空パックで空気を遮断。

一緒に買って来た鯖も同じ処理。

鮭と一緒に冷凍庫へ。
それにしても体力無いなぁ。
ここまで来るだけで何時間かかったんだろう?
明日は包丁研がなくては。

