私は多くのフランス貴族がそうであるように、珈琲を嗜む。
煎れ立ての珈琲の香はたまらなく素晴らしいものだ。

さて、フランスといえば、Latte Caffe、カフェ・ラテを思い出す者も多いのではないのであろうか。
確かに我が祖国フランスでは、朝目覚めるとカフェ・ラテを嗜む。
しかし、食後にはExpressという、エスプレッソのような濃い珈琲をゆっくりと楽しむのが一般的なのだ。

Latte CaffeとExpress、両方を朝に楽しめるようになれば、貴殿も少しフランス貴族の生活に触れる事ができるかもしれぬ。
わがフランスには花見という習慣は無い。だが桜のシーズンになるとパリ在住の日本人が花見を行う。

ただし残念ながら日本で代表格のソメイヨシノはフランスでは多くない。ソメイヨシノのように淡い色より二重桜のような濃いピンクが好むものが多いようだ。

私は遥か遠い故郷、ガロンヌ川を思い描きながら妙正寺川の畔でワインを飲もう。

わがフランスでも花粉症は存在する。花粉症の原因はスギ花粉だけでなくプラタナスやミモザ、アカシア、フランス海岸松といった植物の花粉もある。なので日本で花粉症になっていなくてもフランスで発症するケースも存在する。

だがフランスにおける花粉症の最大の問題点は日本に比べ花粉症対策グッズがあまりにも少ない事だ。花粉対策で一番有効なものはマスクであるがフランスでマスクをつけて歩こうものなら不審者扱いされてしまう。しかもフランスのポケットティシュは硬くて使いづらいくちょっと使えば鼻の下がヒリヒリしてしまう。

春にフランスへ行く場合は花粉症対策グッズを持っていった方が良いぞ。花粉症対策は日本の方がはるかに進んでいる。


いつもフランスが懐かしいがこの時期だけは帰りたくないものだ。今晩もわがフランスを思いつつメルシャンを飲むとしよう。



わがフランスでもバレンタインデーがある。当然某国のように菓子メーカーの陰謀は存在しない。



もう1週間も過ぎたが、そんなバレンタインのマメ知識を授けよう。



・聖バレンタイン

そのバレンタインデーの起源でもあるとも言われている聖バレンタインであるが、歴史家によればキリスト教にはバレンタインという名を持つ聖人が7人もいるらしい。しかも、そのうちの誰がバレンタインデーの起源になった人なのか分からないのだそうだ。なんという事だ!しかし慣習とはきっとそういったものが多いのだろう。



・サン・ヴァランタン村

ちなみにフランスのほぼ中央にはサン・ヴァランタン村という村がある。人口がわずか300人足らずなのだがそこでは毎年出会いのソワレやショーなどの催しものが数日間にわたって行われ、参加カップルには村から愛を誓った認証が発行されたりするというイベントを行っている。
そして日本の岡山県英田郡作東町と姉妹都市関係を結んでいる。



・バレンタインパーク作東

ところで、この作東町であるがフランスのサン・ヴァランタン村だけでなく、なんとオーストリアのザンクト・バレンタイン市、カナダのサン・バランタン村とも姉妹都市関係を結んでいる。ようは「Saint-Valentin」とつく場所と全て姉妹都市関係を結び、「バレンタイン日本の里」としている。
しかもそれだけに留まらず18年をかけ「バレンタインパーク作東」を作りあげているのだ!なんという恐るべき地方自治体だ!しかし作東町の話は聞いた事無いのであるが誰か存じておるか?






そんな時期はずれな記事ではあるが、来年にこの知識を生かしたまえ。

わがフランスでは2月2日のChandeleur(シャンドルール・聖母御潔めの祝日)というカトリックの祝日にクレープを家で焼いて食べる習慣がある。何故この日にクレープを食べるのか諸君は疑問であろう。

日本のバレンタインデーとは違い菓子メーカーの陰謀とかでは無いのが、古い慣わしのためはっきりした起源はわかっていない。下記に示す説があるようだ。

1.古代ローマ人の、生命を授ける神様のお祝い

2.ケルト民族の、長い冬が終わり春が訪れによる繁殖と生命の授かりを祝う水の清め儀式

3.生まれてから40日目の幼子イエスをつれた聖母マリアがエルサレムの神殿への出向いた日。そしてイエスは「この世のたった一つの光」だと予言される。

これらが混じり合ったものが、おそらく5世紀あたりにカトリックの行事らしい。


日本では節分に遊女の座敷遊びだった「恵方巻き」なるを行事として広めているようだが、シャンドルールを広めるほうが素敵だと思わないか?


 

わがフランスの一般的な新年の挨拶は Bonne Année ! (ボナネ) と言う。覚えておくがよい。



さて、諸君。新年おめでとう。



先日高貴な私が身を寄せている住まい、「もりやま荘」から青梅街道に出て西へ向かっていった。目的は無くただの散歩であった。ところが普段従者がいる生活に慣れきってしまったせいか道に迷ってしまった。だんだん辺りが暗くなり心細くなったところに一軒のビールバーを見つけてとりあえず入ることにした。



そこはASAYA's BARというクラフトビール専門のバーであった。この国にここまでいろいろな種類のビールを揃えているバーがあるとは驚きだ。実は近年わがフランスのベルギー国境近くで生産されているフランス産のビールを売り出そうとする動きがあるのだ。このバーのオリジナルクラフトビール「ASAYA's Goddess」を飲んでみたが濃厚な味なのに飽きない素晴らしいビールであった。


そうして私はいい気分で店を出て帰路についたのであった。















のはずであったのだが帰りの道順が全くわからなくいまだに帰宅できていないのだ。誰か高貴な私を今の住まいまで連れて行ってくれ!
わがフランスに生まれ育っている人間は地震の経験がほとんど無い。60代の人たちでさえ「一度も地震を経験したことがない」と言う者がほとんどだ。



では地震は無いのか?全く無い訳では無い。平均2年に1度の割合でマグニチュード5以上の地震が起きている。ただ被害があまり無い。そのかわりという訳では無いがフランスにおいての第一の自然災害は洪水である。



セーヌ川はよく春先に洪水を起こしやすく、また100年に一度位の割合で大洪水も起こる。1910年1月28日に起きた大洪水はセーヌ川の水位が最大8.62mに達し、2万戸が浸水、水がひくまで35日間かかったという。さすがにこの時にセーヌ川下りをやった者はおらぬだろう。



さらにガロンヌ川も過去いくどとなく氾濫している。近代での氾濫は1875年6月23日、ガロンヌ川の水位は9.47mに達しトゥールーズの左岸の全体が氾濫した。この時パトリス・マクマオン将軍はその光景を見て『何という水だ!』と言葉を発したという。



まあ洪水か地震かと言われれば私は洪水の方がマシである。ただ、高貴な生まれ故に泳ぐことが出来ない。なのでやはり災害は無い方が良い。
わがフランスにもシトエローエンドゥーシーヴォというお気に入りのクラシックカーがあるが、
この感触は初めてである。
亜米利加もまんざらすてたもんではないかもしれぬ。
わがフランスは柔道が発祥の地であるこの日本を凌ぐほど普及している。競技人口だけで言っても日本が約20万人に対しわがフランスでは約80万人にもなる。



ただしその動機は「集中力を付けたい」「礼儀正しくなりたい」といった理由がほとんどで、実際のところ大会に出場して勝ち負けを決めることにはあまり興味がない。特にその傾向はパリでは顕著だ。



ちなみにそれまで白しかなかった柔道着にカラー柔道着を認めさせたのはわがフランスだという記事があるがそれは間違いである。カラー柔道着の導入を推進したのはオランダの金メダリスト、アントン・ヘーシンクだ。



高貴な生まれの私が格闘技を嗜むならブルボン朝時代に紳士の護身術として広まったサファーデを希望したいが、残念ながらこの国には固有のジムが無いのだ。残念である。
わがフランスで毎年7月に開催される自転車ロードレース、ツール・ド・フランスは諸君も知っているであろう。23日間の日程で距離にして3300km前後、高低差2000m以上を走り抜けるというハードなレースだ。しかも100年以上続いている由緒正しい自転車レースだ。



しかしそれとは別に「囚人版ツール・ド・フランス」なるものが開催された事は知っているであろうか?



刑務所に5年から10年の刑を受け収監されている受刑者が自転車でフランス各地を巡る「囚人版ツール・ド・フランス」なるものが2009年6月4日から19日まで開催された。レースとは称しているが目的はチームワークや努力などの価値観を育むことであるため順位はつけなかったそうだ。また脱走しないように参加する囚人196人に対し刑務官とスポーツインストラクターが124人が帆走した。



中々日本人には理解出来ない感覚だと思うが、最後に刑務所の責任者シルビー・マリオン氏のコメントを記しておこう。



「このトレーニングによってゴールを目指すことの大切さを理解し、新しい人生へのスタートを切って欲しい」



ところで私は高貴な生まれなため、補助輪が無いと自転車に乗ることが出来ないのだ。誰か大人用の補助輪付き自転車を売っているところは知らないか?