あの大震災が起こってから、しばらく音楽を聴く気にはなれませんでした。

  私は被災したわけではありませんので、こんなことを申し上げるのは被災者の皆様にはおそれ多いのですが、あの悪夢のような破壊が去った後、この世のすべての音が途絶えたように感じました。そして、しばらく心がこわばるように、あらゆる感情が凍り付いたように固まりました。

 坂本龍一氏が、9.11の同時多発テロが起こった後しばらく、ニューヨークから音が消えた、と述べていたことを思い出しました。氏ご自身も恐怖で体がこわばり、とても音楽なんか出来なかったとも。

 一体、被災者の皆さんは、どれほど大きな恐怖を感じられたのでしょうか。

 あの日あの時、私は急ぎ頼まれていた、2つのビオラ・ダ・ガンバという楽器のための作品の作曲に取り組んでいる最中でした。
 異様な長い地面の揺れを感じた直後、一体何が起こったのだろう?とにかく大変なことが起きつつあるに違いない、と急いで点けたテレビで今まで見たこともない惨状が次々明らかになるにつれ、ただただ呆然となるばかりでした。

 その後数日間、何も手につきませんでしたが、演奏会が近づいていたため作曲に向き合わざるを得ませんでした。拙作は当初、2つの楽器を2名の人の声に見立て、大切な相手を想い呼びかける(呼び合う)相聞歌のようなものになるはずでしたが、結果「なお」相手を呼び求める、挽歌のようなものになったと思います。

 作曲を終えた後も、しばらく音楽を聴く気持ちになれませんでしたが、少しずつ、こわばった心をほぐすかのように、聴きたいと思えるようになりました。今生きて、音を聴くことが出来ることの幸せを感じています。

 今、これを書きながら、ペルトの『アリーナ』というアルバム (ECM 1591)を聴いています。
『鏡の中の鏡』という弦とピアノのための作品と、『アリーナのために』というピアノのための作品が交互に収められた、静謐な音の世界です。
 少しずつ、静かに沁みわたるようです。

 亡くなられた方々の御霊に祈ります。