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地蔵尾根から横岳方面を望む

昨晩は何時頃寝入っただろう…枕元に置いた腕時計で零時を過ぎたあたりまでは確認したのだが…

ガサゴソとやたら周りが騒々しいので目が覚めた。「何だまだ5時50分じゃん」心中で思った。起床時間は6時30分なのでまだ40分もある。まだ寝ている人も数人いたのでガサゴソしている数名に文句の一つも云おうとしたが、その中に同じパーティの方がいたので云わずにおいた。

あっ!そうだ天気はどうだろう!?窓から空を見上げると夜明け前のせいかどんよりとした重ための空模様に感じたが、西の空には雲が抜け青空が少し見える箇所もあったので今日は晴れると確信した。

ガイドからスタートは7時30分と告げられ朝食を済ませ準備に取り掛かる。冬場の山行はレイヤーが重要だ。どうしても山登りでは汗をかきがちだが、かいた汗は体を冷やし体力を急速に奪う。如何に汗をかかないようにするか!?、かいた汗を効率よく放出させるかが鍵になる。私はその対策としてウールの下着とテビロンという化繊の下着やアンダーウェアを活用している。冬の山行において綿素材はご法度である。

(行程)赤岳鉱泉→中山乗越→行者小屋→地蔵尾根→山頂→文三郎道→行者小屋→赤岳鉱泉

仕度をすませ赤岳山頂に向けて歩き出した。行く手は勿論ノートレース(先行者がいない)である。パウダーのように軽い雪を足で散らしながら心地よいステップを踏む。歩行訓練の一環でもあるのでギリギリまでアイゼンは付けないとのこと。

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中山乗越から望む横岳、大同心・小同心稜

行者小屋からは地蔵尾根の本格的な急登が始まる。アイゼンを付けていないので一歩一歩注意をしながら歩みを進めるのだが、吹き溜まりや急斜面などでは膝上まで雪に沈み中々足場を作ることが出来ない。2300mを過ぎたあたりでようやくアイゼンを装着する。先ほどまでの足場作りの苦労が嘘にようにステップを刻めるが斜度が急でかつ疲れてくるとアイゼンとアイゼンが交差し転倒の危険性も出てくる。このような場所では転倒=滑落につながり最悪は死を意味することさえある。

地蔵尾根の急登を登り稜線に出ると東斜面に富士山が広がった。前回の赤岳では富士山は良く見えなかったので今回の眺望には大満足である。富士山を仰ぐだけで俄然元気が湧いてくる。日本人だなぁと思う瞬間である(笑)本来であれば稜線上にある赤岳天望荘で一息いれたいところだが、冬場は休業(正月は営業。)なので一気に山頂を目指す。稜線上は-20°近くで風も吹き抜けるので長い休憩は禁物である。休憩=体温低下=運動能力の低下につながり最悪の事態を起すこともある。冬山では常に最悪のことを考えて最良の選択をしないといけないのだ。

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稜線に出ると富士山の雄姿に勇気づけられた

しかし行者小屋から地蔵尾根、山頂へのノーストップの登攀はさすがに厳しさもあり山頂まで40~50mの距離であったが我慢できずに水分補給を申し出た。実は水分補給は建前で軽い酸欠症状が出ていたのである。「もうどうでもいいや!」「あ~ここで腰を下ろして休みたい!」…そんな欲求が脳を支配し始め、深く考えることが出来ず、意識もとびがちになった。(←我ながらこの症状(意識)には驚いた。)

水分補給と共に呼吸を整え、脳に糖分補給が必要と思いキャラメルを食べたら不思議に意識がしっかりし始めた。極限の状態では強い精神力と的確なエネルギー補給が必要であると実感する。そんなこともあり山頂に到達したときは前回よりも嬉しさがこみ上げてきた。山頂でも長居は禁物で数枚の写真撮影とカロリーメイトなど行動食を胃袋に納め急ぎ下りの文三郎道へと足を進めた。

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赤岳の山頂に立つことが出来ました(^^;

冬山登りにおいて危険なのは昇りよりもむしろ下りと云われている。下りでの転倒は転げ落ちる確率が高くなり雪山で転がったら自分の力では止まることが出来なくなり=大事故に繋がる。注意をしなくてはいけないのはアイゼンワークと重心移動である。しっかりとアイゼンの爪全体で雪を捉えることと転倒しないバランス感覚、ここでもスリーオクロックという歩行技術を多用した。この文三郎道もノートレースで最高のパウダー歩行を堪能できた。

そんな調子で行者小屋→赤岳鉱泉へ無事に戻ることが出来た。初めての冬山登山で好天にも恵まれ良いコンディションで登山が出来たことに感謝!アイゼンワークや歩行技術では多くのことを学ぶことが出来たし自分の精神的な弱さも感じることが出来、非常に有意義な山行であったと思う。入会した山岳会山行の関係上、山スキーが主体になり冬山登攀の機会は少なくなり近場の丹沢や奥秩父の登攀が中心になるが、今シーズンもう一度は赤岳にチャレンジしたいと思う。

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山頂より南アルプスを望む「北岳・甲斐駒ヶ岳・仙丈ヶ岳」来年には挑戦したい(^。^)