Alannah Min's love fiction

Alannah Min's love fiction

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✾Chapter1-2✾

橋上

鷹野颯人は何かを見抜こうと、雨夜晴果の背中を必死に見つめていた。抑えきれない焦りと怒りに心を乱され、そのあげく、傲慢にあごをあげ、こう言い放った。

「わかった!別れよ!」

自負する強者の自尊心ゆえなのだろうか。
世間に君臨する一国の王のように、捨てられないプライドが、いつの間にか体に植えつけられる鎧となった。 そして、28年間、彼を強く縛り続けてきた。違いすぎる心と体、その葛藤に苦しみ、呼吸が荒々しくなってた。

「そう言うだろうと思った!」

背を向いたままでも、その強がる姿が目に浮かぶ。
雨夜晴果には分かる。
彼は、どんな時でも、この世を俯瞰する覇王。どんな強い相手でも、彼を臣服させることはできない。

――私が望んでることじゃない?これでいい!――

一瞬、雨夜晴果は本気でそう思った。そう思いたいのだ。

雨が冷たい。鞭のように顔を打ち当たり、目に沁み込む。
千本の針に刺されたような痛みが走る。
暖かい液体が、噴出した地下水のように、目の底から湧き出てくる。
そして、真っ青な頬を掠って、口元に止まる。

その透明な足跡は軽やかで、まるで天使からの慰めのよう、いや、まるで、悪魔が唱える人間の弱みを暴く呪文のようだった。

体中を暴走する激しい感情を必死に抑えようと、雨夜晴果は軽く頭をあげ、遠くの町並みを眺めた。
古風なヨーロッパーの建物が林立している、綺麗な町だ。
二人はあの町で巡り合い、分かり合い、そしてお互いに心を許した。
傷ついたり、傷つけられたり、喧嘩もたくさんした。それでも、絆は深まっていく、愛は深まっていく。
交わした誓いたちは、あまりにも美しい思い出。だが今の彼女にとって、この世のどんな刃物よりも鋭く、危険なもの!そして、誘惑に満ち溢れている!
強く唇を噛みしめ、彼女は残された最後の力を振り絞った。

「さようなら!」

氷のような、冷たい言い方だった。
その決別の言葉を口にした瞬間、二人で一緒に過ごした日々の残像が、山頂から崩れ落ちる雪崩のように、一気に頭に蘇った。一瞬にして巨大な手となり、彼女を底のない、真っ暗な崖の下に突き落とした。
冷え切った体が、小刻みに震え出した。彼女は知っている。もうこれは、自分が装える限界だと。

「おまえ、本当にこれでいいのか?!」

鷹野颯人は大声をあげ、前へ大きく踏み出した。その細弱い腕を掴もうとしたが、無情にも避けられてしまった。

 「近づかないで!」

 と、とどめを刺すように、雨夜晴果は叫んだ。
しかしこれでとうとう、この肉体を支える力が燃え尽き、倒れる寸前となった。
流木にしがみ付く、荒い波に翻弄される遭難者のように、彼女は必死にポンヌフの石欄を掴んだ。呼吸がはやくなり、肩も激しく上下し始めた。

「だって…もう関係ないでしょう…私たち…」

だんだん声が小さくなり、やがて雨に埋もれた。

雨は鉛水のように、灰色に変わった。
巨大で喧騒な音をたてながら、セーヌ川の中へ落ちていく。
不純物の侵入に苛だち、セーヌ川は、流れを狂わせた。
✾Chapter 1-1✾

Pont-Neuf・Paris

 灰色の雨雲が、澄み渡る空を至る所まで覆い隠し、次第にその体を膨らましていた。
 しばらくすると、真珠のような、少し白く光る小粒の雨が、ぱらぱらと降り始めた。
 地面に近づくにつれ、下空を舞う塵の粒子を包み込み、まっすぐにセーヌ川に沈み込んでいった。
 その重さに耐えられず、セーヌ川は低い悲鳴を上げながら、小さな、細かい水滴を空へと飛ばし、やがて雨粒の勢いを緩めた。
 混ざり合った雫たちは、隙間を縫うように擦れ違い、神に仕える天使が編み出した魔法の絹織りと化し、ゆっくりと優美な曲線を描き出した。

 遠くに見えるのは、セーヌ川の上に建てられた、最も古い橋、ポンヌフ。
 微かな黄ばみが、その悠遠な歴史を語り、その存在感をいっそう引き立つ。

 ポンヌフから見える風景は、一瞬にして人の心を奪う、浪漫に満ち溢れる夢と憧憬の世界。
 だが今は、淡い霧の渦に巻き込まれ、少し哀傷の匂いがする空気が町中に充満している。

橋頭 
 黒いロングロールスロイスが止まっている。
 車の先端に、まっすぐに立つ特製のシルバー像が厳めしい雰囲気を漂わせた。

 正装した西方寺理然は、窓ガラスを下ろし、じっとポンヌフ橋を見つめていた。
 その深い青色の瞳が、あらゆる侵入を拒む深海のように、見る人の魂を震わせる。

 雨粒が、風にあおられ、窓枠に次々とぶつかり、いくつかの小さな分身を飛び跳ねさせていた。そのまま、軽々と西芳寺理然の袖に着地し、あっという間に繊維の間に滲み込んで、小さなの斑点を残した。

 「Prince!このまま、お待ちになられますか?」

 執事の篠崎が、ハンカチを取り出し、彼の袖を入念に拭き始めた。

 「あぁ。」

 視線をポンヌフから外さないまま、何の感情も読み取れない、短い返事だった。

 ハンカチをしまい、篠崎はポケットから、小さな箱を取り出した。とても大事なものを扱っているように、優しく西芳寺理然の手に入れた。

 「Prince!ご指示の物をお持ちしました。」

 指先が不意に、蓋の上に飾ってある、少し突起するシルバーの紋章に触れた。
 その冷たさが一気に全身に広まり、西芳寺理然は反射的に箱を強く握り締めた。

 綺麗なディープブルーのビロードが箱全体を覆い、人を釘つけさせる、妖しいつやを放っている。そのつやに秘めた力は、まるで、この世に存在する最も硬いものでも、容易に溶かせる不思議なものだった。
 そのせいか、軽く紋章を擦り出した西芳寺理然のその深い青色の瞳に、一瞬、優しさが浮かび上がったのが見えた。

 何かを考えているように、彼は箱を眺め続けていた。
少しすると、左手の人差し指に嵌めている銀の指輪から、朦朧としたブルーの光が現れ、煙のように空気に溶け込み、箱を包んだ。
 そして、箱の中から、微かに聞こえる共鳴の音がした。
 西芳寺理然は、指の力を緩め、ゆっくりと蓋を開けた。

 一つの銀の指輪が、上質なワインレッドのシルクに横たわって、静かに眠っている。その上に、小さなブルーダイヤによって作られたアイリスが麗しく咲いている。

 その美しさに魅せられ、西芳寺理然は口元に笑みを浮かべた。

 「Prince!本当にこうなさるつもりですか?」
 不安を帯びた問い方だった。それでも、篠崎は必死に冷静を保った。
 西芳寺理然に仕えて早くも20年の月日が経ち、頑固一徹なところがあるが、彼は今まで、一度も過ちを犯したことがない。今回の件においても、篠崎は彼の判断を信じたい、そう心の中で誓った。

 やっと芽生えた、愛しい未来への淡い期待から、強引に意識を引き戻そうと、篠崎の言葉を耳にしたとたん、西芳寺理然はすべての感情を揉み消し、無表情な顔をした。
 「あぁ。」
 相変わらずの短い返事だった。が、今回は、相手に疑問を持たせる余地を与えない、硬い口調だった。
 重く蓋を閉じ、彼は箱を上着の内ポケットにしまった。

 雨は、ますます強くなってきた。

※西芳寺理然(さいほうじ りねん)