パリの友人たちの思い出-フィオナ(5)

 

 変な話になるが、Scotlandの形容詞をご存じだろうか? 正解はScottishである。フィオナと友人になる前まで、私はそれを知らなかった。「アイリッシュ・ビア」からの類推で「スコッチ・ウィスキー」というからにはスコッチがスコットランドの形容詞だろうと思い込んでいた。何たる無知! 若いころの私は、それくらい英国について知識が乏しかった。

私だけではないと思うが、日本人は英国=イギリス=イングランドという観念が強すぎるのではないだろうか。調べてみると、学校の教科書に出てくるような英国の科学者や文学者にはスコットランド出身が多い。にもかかわらず、私は彼らを漠然とイングランド人であるかのようなイメージを抱いていた。

実際の英国にはウェールズ、アイルランド、スコットランドが含まれる。だいたい英国とかイギリスというと一つの国のような響きがあるが、しかし実際英国人は自らの国家をユナイテッド・キングダム(連合王国)、略してUKということが多い。そして、スコットランド人は現在でもイングランド人に根強い対立感情を持っていることも、フィオナとの付き合いで初めて知った。彼女は私に「私はブリティッシュ(ブリテン人)だがイングリッシュ(イングランド人)ではない」というスコットランド人の常套句も教えてくれた。これは、ウェールズやアイルランドも同様ではないかと思う。

ある週末の夕方、オデオンのカフェでフィオナとビールを飲んでいた時のことだ。突然フィオナが「あの男はぜったいにイングランド人だと思うわ」と私にささやいたことがある。彼女の視線は、右斜め後ろのテーブルに向いている。振り向いてみると、そこには眼鏡をかけた金髪の青年が座って話をしていた。唇に微笑を浮かべ、視線は下に向いており、自分が話すときだけ目を上げる。店内の騒音で何をしゃべっているのかわからなかったが、穏やかな話題であることは確かだ。

その姿は、まるで英語の「シャイ」(内気)という単語をそのまま人間にしたようだった。フィオナはしばらく黙ったままその男を見つめていたが、その目はおっとりと優しく、反感の色はまったくなかった。その時に気がついたのだが、スコットランド人、特にフィオナのような感受性の強いスコットランド人は、イングランド文化への対立感情と同時に、コンプレックスとまでは言わなくてもある種の憧憬も混在させているのではないか。それは、彼らがイングランド発祥の英語を日常言語として使っているところから来ているのかもしれない。

もう一つ、フィオナはイングランド女性と恋の大太刀回りを演じたこともある。