<8月30日~9月7日 クロアチア/ドゥブロブニク紀行>

9月4日(木曜日)~1

この日は、今度はボスニア・ヘルツェゴビナ経由で・・・・・
いよいよ最終・最重要の目的地
「ドゥブロブニク」へと移動します。(^◇^)
(※この日は、移動のみ)

朝は、やや遅めの8時半出発。  

途中、またまた国境越えをしての移動で、本日の観光目的地「モスタル」へ向かいます。

トルコの面影が色濃く残るモスタル市街地は、ヘルツェゴビナの中心都市で、
有名な「スタリ・モスト(モスタルの橋)」共々、世界遺産登録されています。

バスは街中まで乗り入れられないため、かなり手前で下車、
徒歩での移動となります。

到着が昼近くだったので・・・まず昼食です。

レストラン


この日のお昼は・・・・・
ポークの塩焼きでした。(写真なし)

そして・・・・・徒歩での移動。

市街地へ入る手前に、近代的で、大きくて立派な教会がありました。

「聖ペーター教会」





ここから先、少し歩くと、
「スタリ・モスト(モスタルの橋)」へと至る(旧)市街地へ入っていきます。

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この国(ボスニア・ヘルツェゴビナ)は、周知の通りボスニア紛争(戦争)という酷い内戦で
国中がぐちゃぐちゃになり・・・・
その終結からもまだ20年しか経っていません。

めざましいスピードで復旧が進んでいるのは確かなようですが、
その反面、街のあちこちにはまだ生々しい傷跡が残されたままになっています。

この国に限らず、今回巡った各国は、多少なりとも戦争の影響を受けています。
ぼく自身、そういった光景を多々目の当たりにしていますし、実は撮影もしてきています。

今回の旅行記には、あえてそういった写真は載せません。

しかし、紹介している美しい風景や歴史を感じさせる素晴らしい建造物の、
その隣や後ろには、
そういった戦争の傷跡があることを意識してもらいたいと思っています。

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なぜこんな話をしたのかと言うと・・・・・・
この日見学したモスタルの観光ポイントであり、なおかつ重要な建造物である
「スタリ・モスト(モスタルの橋)」が、まさにそういった経緯を経て今ここにあるからです。


この橋は、もともと数百年()に渡り、川の両岸をつないで
モスタルのヒトや物資の往来を担ってきたライフラインであり、
なおかつ愛され続けた街のシンボルでもあったわけですが・・・・・

戦争で攻撃を受け、あっさりと破壊されてしまいました。
それは、おそらく単にライフラインを断たれたという以上に、
街の住人の方たちにとっては、精神的なショックだったと思います。

しかし、ユネスコの介入や民間の援助、住民の方々の努力によって、
より一層立派になって橋は復活し、
ふたたびモスタルの街の重要ポイントとしてよみがえったわけです。


民間の寄付や協力に対する、ユネスコの正式な報告パネル


人間の愚かさと素晴らしさの2面性を体現する存在として、
新生「スタリ・モスト」は、ここに在り続けるものと思います。




「スタリ・モスト」から、下の川岸を見下ろす。
下を流れる川は、ネトレヴァ川



「スタリ・モスト」上から、モスタルの街をあちこち望む。














橋のたもとでは、戦争を忘れるなとメッセージを刻んだ
破壊された橋の破片が、静かに訴えかけてきます。




遠方左手に見えるのは、「コスキ・メフメド・パシャ・モスク」

さらに・・・尖塔部分


そして、橋を渡って旧市街の「トルコ人の家」へと向かいます。



(つづく)