<8月30日~9月7日 クロアチア/ドゥブロブニク紀行>
9月3日(水曜日)~1
前日まで滞在していたクロアチアの首都<ザグレブ>は、
どちらかと言うと内陸部の山側でしたが、
いよいよアドリア海側へ移動して、
前夜は<ソリン>という街に宿泊したわけです。
ソリンという街自体は、観光地と言うわけではないようですが、
ダルマチア地方に属し
この日観光した「スプリット」という古代都市の観光地に近接した位置にあります。
そして、このソリンには、2晩連泊になります。
朝、7時半にホテルを出て、
この日最初の目的地は、そのスプリットです。
スプリット旧市街地は、世界遺産登録されています。
(観光案内地図・・・・※この裏に地図があります)
ソリンからスプリットまでは、6kmほどしか離れておらず、
8時前には着いてしまいますが、
ツアーの特別企画として、
スプリットの街の中心部の半分くらいの敷地を占めようかという規模の、
<ディオクレティアヌス宮殿>遺跡の地下宮殿を
一般客への公開時間(9時~)前に、独占入場させてもらって、
ツアーメンバーのみの貸し切り見学会をしてしまおう・・・・・・
という、不敵なもくろみがあった(?)ため、
これでいいのです。(^◇^)
<ディオクレティアヌス宮殿> 当時の雄姿
宮殿は、城壁に囲まれた非常に広大な敷地を持ち、
上から見るとほぼ正方形の建造物で、
四方の各城壁ごとに、中央に入場門があり、
それぞれ、
東 銀の門
西 鉄の門
南 青銅の門(海側)
北 金の門 となります。
ちなみに、この図では海側(南)は城壁が直接海に面していますが、
現在は、整備されてプロムナード(リヴァ)と船着き場ができています。
到着後、まずはその南側のプロムナードから・・・・・・・・・
青空市場を散策します。
ところが、ここで思わぬハプニングが・・・・・・
なんと、4班後方からのんびり写真を取りながらついていっていたぼくを含めて、
Bさん&Cさん、Dさん、E父娘が、迷子になって、
完全に4班からはぐれてしまったのです。てへへ(^_^;)(^_^;)(^_^;)
この朝同じく地下宮殿見学予定だった5班と偶然合流できたので、
そのまま、一緒に4班の待つ集合場所へ・・・・・
無事4班に合流できたのでした。
しかも集合場所は、先ほどの出発点のプロムナードだったというオチが。(笑)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そして、そのまま青銅の門から<ディオクレティアヌス宮殿>へと入場します。
<青銅の門>
ここから入って、階段を下っていくと、
地下宮殿の入り口へとつながっています。
以下、地下宮殿。
ディオクレティアヌス帝胸像
この先は、まだ発掘調査作業中・・・・
この街は、当時から水道設備が整備されていて・・・・
写真は、その配管材です。
石をくりぬいて、凹凸をつけて、はめ合わせて使っていたようです。
・・・・・・・・・・・・・・
地下宮殿の見学の後は、
<青銅の門>の上部の城壁内側に上がりました。
青銅の門側の城壁を内側から望む
この宮殿遺跡の面白いところは、
遺跡でありながら、現在一般の人々がそこで生活しているところです。
青銅の門側から、城壁内部を望む・・・・・
あちこちにヒトの住んでいる雰囲気・・・・・が見受けられます。
じっさい、この時も
奥の建物のわきから、犬を散歩させて歩いてくる住人の方がいましたよ。(笑)
鐘楼を望む
同じく、鐘楼と大聖堂を望む
いかにも遺跡らしく・・・・かつての窯場(厨房)の跡が、そのまま残っていたりもします。
スフィンクス像(写真ではまっ黒に写っていて、わかりづらい・・・・)
(鐘楼側からペリスティル界隈を望む)
(つづく)
9月3日(水曜日)~1
前日まで滞在していたクロアチアの首都<ザグレブ>は、
どちらかと言うと内陸部の山側でしたが、
いよいよアドリア海側へ移動して、
前夜は<ソリン>という街に宿泊したわけです。
ソリンという街自体は、観光地と言うわけではないようですが、
ダルマチア地方に属し
この日観光した「スプリット」という古代都市の観光地に近接した位置にあります。
そして、このソリンには、2晩連泊になります。
朝、7時半にホテルを出て、
この日最初の目的地は、そのスプリットです。
スプリット旧市街地は、世界遺産登録されています。
(観光案内地図・・・・※この裏に地図があります)
ソリンからスプリットまでは、6kmほどしか離れておらず、
8時前には着いてしまいますが、
ツアーの特別企画として、
スプリットの街の中心部の半分くらいの敷地を占めようかという規模の、
<ディオクレティアヌス宮殿>遺跡の地下宮殿を
一般客への公開時間(9時~)前に、独占入場させてもらって、
ツアーメンバーのみの貸し切り見学会をしてしまおう・・・・・・
という、不敵なもくろみがあった(?)ため、
これでいいのです。(^◇^)
<ディオクレティアヌス宮殿> 当時の雄姿
宮殿は、城壁に囲まれた非常に広大な敷地を持ち、
上から見るとほぼ正方形の建造物で、
四方の各城壁ごとに、中央に入場門があり、
それぞれ、
東 銀の門
西 鉄の門
南 青銅の門(海側)
北 金の門 となります。
ちなみに、この図では海側(南)は城壁が直接海に面していますが、
現在は、整備されてプロムナード(リヴァ)と船着き場ができています。
到着後、まずはその南側のプロムナードから・・・・・・・・・
青空市場を散策します。
ところが、ここで思わぬハプニングが・・・・・・
なんと、4班後方からのんびり写真を取りながらついていっていたぼくを含めて、
Bさん&Cさん、Dさん、E父娘が、迷子になって、
完全に4班からはぐれてしまったのです。てへへ(^_^;)(^_^;)(^_^;)
この朝同じく地下宮殿見学予定だった5班と偶然合流できたので、
そのまま、一緒に4班の待つ集合場所へ・・・・・
無事4班に合流できたのでした。
しかも集合場所は、先ほどの出発点のプロムナードだったというオチが。(笑)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そして、そのまま青銅の門から<ディオクレティアヌス宮殿>へと入場します。
<青銅の門>
ここから入って、階段を下っていくと、
地下宮殿の入り口へとつながっています。
以下、地下宮殿。
ディオクレティアヌス帝胸像
この先は、まだ発掘調査作業中・・・・
この街は、当時から水道設備が整備されていて・・・・
写真は、その配管材です。
石をくりぬいて、凹凸をつけて、はめ合わせて使っていたようです。
・・・・・・・・・・・・・・
地下宮殿の見学の後は、
<青銅の門>の上部の城壁内側に上がりました。
青銅の門側の城壁を内側から望む
この宮殿遺跡の面白いところは、
遺跡でありながら、現在一般の人々がそこで生活しているところです。
青銅の門側から、城壁内部を望む・・・・・
あちこちにヒトの住んでいる雰囲気・・・・・が見受けられます。
じっさい、この時も
奥の建物のわきから、犬を散歩させて歩いてくる住人の方がいましたよ。(笑)
鐘楼を望む
同じく、鐘楼と大聖堂を望む
いかにも遺跡らしく・・・・かつての窯場(厨房)の跡が、そのまま残っていたりもします。
続いて、下に降りてから・・・・・
宮殿の中庭にあたる「ペリスティル」へ。
ここは、大聖堂・鐘楼前の広場ということもあって、
多くの人が集まっています。
ペリスティルから鐘楼を望む
スフィンクス像(写真ではまっ黒に写っていて、わかりづらい・・・・)
(鐘楼側からペリスティル界隈を望む)
(つづく)
































