『プラダを着た悪魔』を観て思ったこと | 読書ときどき、わたしのこと。

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日常の中にある小さな奇跡や、人の想いが交差する物語に心を動かされます。
そんな本との出会いを、皆さんと分かち合えたら嬉しいです。

今更ではありますが、初めて『プラダを着た悪魔(2006年公開)』を観ました映画

 

なんと、20年前の作品なんですね~。めっちゃ面白かったです爆  笑

 

華やかなファッション業界の裏で、“働き方”や“生き方”を問いかけてくる作品だと感じました。

 

 

 

 

印象に残ったシーンを振り返って…

 

 

 

文句を言う前に、自分はどこまでやれたのか

 

アンディって、最初は完全に“場違いな子”扱い。

でも途中でふと、「不満を言う前に、私はちゃんと努力した?」

と自分に問いかけるんですよね。

 

この視点、すごく刺さりました。

日常でもつい忘れてしまいがちだけど、すごく大事なことだと思います。

 

そして努力が認められていくほど、恋人や仲間とは少しずつすれ違っていく。

“成功と引き換えに何かが失われていく”という現実が、とてもリアルでした。

 

 

 

携帯を噴水に投げるあのシーン

 

個人的に一番グッときたのがこのシーンですね。

「いや、投げたらアカンやん!」と思いつつも、妙にスカッとするんですよね。

 

あれはただの反抗じゃなくて、アンディが抱え続けてきた“心の違和感”を、ようやく手放した瞬間だと思いました。

 

ナイジェルの件はどう考えても納得がいかない。

理屈で理解できても、心が「無理」と叫んだんだろうな…と。

 

 

 

ミランダは本当に“悪魔”なの?

 

見れば見るほど思うんですが、ミランダってすごく人間味のあるキャラクターですよね。

 

表向きは冷たくて厳しいけれど、その裏にはブランドを背負う人間としての孤独や葛藤がある。時折見せる弱さや優しさが、かえって胸に響きます。

 

アンディが去ったあとの、車の中でのあの一瞬の表情。

強さの奥にある寂しさがふっと見えて、なんとも言えない余韻が残りました。

 

 

 

二人とも、間違っていない

 

アンディは自分の信念を選び、ミランダは自分の役割を貫いた。

 

どちらかが正義で、どちらかが悪という話じゃないですよね。

むしろ“どちらも正しい”からこそ、この映画は深いんだと思います。

 

観終わったあとに、「自分だったらどう生きたい?」

と静かに問いかけてくるような作品でした。

 

 

 

そして、続編が楽しみすぎる

 

2026年5月から『プラダを着た悪魔2』が公開されるのが本当に楽しみですね口笛

 

アンディやミランダが今どんな人生を歩んでいるのか、価値観はどう変わったのか。

 

今度は、映画館で観よっと!ウインク

 

 

 

 

 

 

 

 

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