ダヴィンチの作品に「聖アンナと聖母子と幼児聖ヨハネ」がある。
ロンドンの中心、トラファルガー広場に建つナショナルギャラリーに収蔵されている。23年前にロンドンを訪れた時に初めて出会った。セインズベリーウイングから展示フロアに上がると奥まった小さな部屋にその絵はあった。
紙にチョークとチャコールだけで描かれている。にもかかわらず劣化を防ぐための柔らかな照明にぼんやり浮かんだその絵はまるで彩色されたように美しいグラデーションを表していた。
関係性は確認出来ていないが、「岩窟の聖母」や「聖アンナと聖母子」に良く似た構図を示している。そして迷った線など一本もなく一気に描きあげられたような迫力ある作品だ。スフマート技法を最大限に活かして描かれている。絵の前に立っていると理由もなく涙がこぼれた。その後何度も目にする機会に恵まれたが、その魂を揺さぶられるなんとも言えない感情は変わらなかった。でもそれが感激なのか、物語に対する哀しみなのかその正体は未だに自分でも分からない。
芸術は宗教と政治経済に育てられた。西洋の芸術を理解するにはまず聖書を学ばなければならない。ローマ帝国がキリスト教を国教と定めて以来、教会の影響力はどんどん大きくなった。政治の実権を握るまでになった。信者を増やすことが重要だった。しかし当時の文盲率は極めて高かったから聖書を自分で読むことができない。そこで教会は腕利きの画家を探し聖書の物語を描かせた。人の心を動かす力のある絵、思わず手を合わせひれ伏して祈りたくなる絵、憧れの対象となる絵。画家たちは競って描き続けた。音楽も同様だ。教会のドームで例えばドの音を出すと1オクターブ上のソの音が聞こえてくる。反響によって倍の周波数が取り出されるからだ。これを倍音という。この現象を使って「さあ祈りの歌を歌いましょう。私たちの祈りが届けば天使は共に歌を聴かせてくださいます。」と説いたわけだ。パリのノートルダム寺院で偶然その機会に恵まれたが、鳥肌が立つ思いだった。
ルネサンス期に入り優れた芸術家たちは富裕層の庇護を受けるようになった。宗教画だけでなく肖像画にも難しい要求が多くなった。男性はあくまでも凛々しく威厳があり大金持ちに見えるように。女性はふくよかに母性にあふれ慈愛の表情を表すように。つまり実物よりよく描けということだ。かっこいいほど報酬は良くなった。今で例えるならば目が大きく写るプリクラみたいなもんか?違うかorz
ダヴィンチもその中にいたのだが、彼は絵と向き合うに際して他の人とまったく違うアプローチをした。なぜ腕はふんわりとわずかに丸みを帯び、指はこの方向に曲がるのだろう。腹の中は一体どうなっているのだろう。足は、顔はどうしてこうなっているのだろう。この謎が解けなければ私はこれ以上リアリティのある絵を描くことはできない。当時のヨーロッパは当然キリスト教社会だから人の身体は神が作り給いしものであり、解剖して内臓を暴くなどは神への冒涜とされていた。しかし彼は夜中に教会の地下にある霊安室に何度も忍び込み遺体解剖を行ってその膨大な記録を手稿に残している。そのため彼は何度も逮捕されている。
一体彼は何処へ向かおうとしていたのだろう。神を冒涜する科学を極めようとする者があんな美しい聖母子を描いたとは思えないのだ。
ただひたすらな好奇心をセーブすることなく自分の求めるものを追い続けたのではないか。どこまでも美の追求と未知の探求を人生のテーマとしたのではないだろうか。そこには目先の利益や名声など介在しない。純粋に浄化された魂があったはずだ。
あー、久しぶりに重たいテーマ書いちゃった。昔勉強したことを思い出しながら半月かかったな。こんな大袈裟な文章にするはずじゃなかったのに。
僕は絵を描くのが下手だ。その代わりにこうやって文章で自己表現をする。でも僕には浄化された魂なんてものは無い。邪念と俗欲の塊だ。それでもこのブログをたまに読んでくれる読者がいる。その反応に感謝して僕はこれからもポチポチとキーボードを叩く。
今日のBGM
シェーンベルク:浄夜/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 カラヤン(ヘルベルト・フォン)

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