私は今まで介護についてさっぱり興味を持っていなかった。なぜ急に介護の世界に飛び込むことになったかというと、嫁ぎ先のお義父さんが北海道で高齢者住宅をしていたからだ。

 家業を手伝う事もあるかもしれない。そんな思いから、嫁入り道具の一つとして初任者研修でも受けてみようかなと思ったのがきっかけだ。

 福祉への熱い情熱や高い志があるだとか、高齢者や障害を持つ方のお手伝いがどうしてもしたいとかではなかった。どんなものかも分からないまま、ほんの軽い気持ちで資格を取ろうとしていた。

 

 とりあえず適当にチラシで検討をつけて聞いたことある名前の会社を選び、研修会に申し込んでみた。

 テキストとテスト用紙が送られてきて、まずは自宅学習をしてテストを送付する。教科書があるからカンニングし放題だった。それでもなんだかんだとテキストのほとんどを読むことになったので意味はあったと思う。

 その後は教室に通っての実技演習メインの授業。シーツ交換、車椅子操作、ベッド上でのオムツ交換、整容や着替えなどを生徒同士が利用者と介護者とになって交代で行っていった。生徒は脱力や麻痺があるわけではないので、なんの苦労もなく介助ができた。いや、出来た気がしていた。ここまで実際の要介護者である方の顔すら見ていない。

 

 教室での座学、生徒同士での実技演習のカリキュラムが終わると、ようやくデイサービスやグループホーム、訪問介護事業所での実地研修であったのだが、ここでもほぼ見学のみというスタイルである。

 やったことといえば、自立度の高いデイ利用者の入浴介助のお手伝いで、渡されたスポンジで座って並んでいる利用者の背中を撫でた事と、トイレや施設内の掃除と、壁際に立って童謡を歌い、時々お話し相手になる事くらいだった。

 

 そんな中でデイサービスの女性利用者に声をかけられた。カーディガンを脱ぎたいから手伝って欲しいと言われ、ご自身で半分は脱いでいたため袖から手を抜く部分のお手伝いをしようとしゃがんだ所で、デイサービスの偉いそうな人(男性)に「やめろ!」と利用者から引き離され、その後の対応はその方がしていた。

 

 落ち着いた所で私はその男性職員に物陰に連れていかれ、「お前らは利用者には触るな。何も知らない人の身体に触る事はとても危険な事なんだ。怪我でもさせられたら困るんだ」と再度お叱りを受けてしまった。

 私は親切心で手伝ったつもりであったが、きちんと考えれば怒られて当たり前の事である。その利用者の疾病も心身の状況も関節の可動域も分からない素人が、無理に脱がせようとして事故を起こしてしまう可能性は高い。それを事前に気づき、しかるべき対応と指導をしてくれたのだ。

 管理者か責任者か分からないが、自分のところの利用者を守り、事前に事故を防ぐ観察眼と指導力がある良い上司であると言える。責任の所在が自分にある事もしっかりと自覚されているように思えた。

 その後、その男性職員と言葉は交わしていないが、重度であろう利用者の対応や、30人はいる利用者一人一人に声をかけたり全体を見渡したりしながらの記録書き、時にはレクの司会をしたり忙しそうにされていた。

 

 休憩時間に同じ研修生の人に「しろさんかわいそう。親切心で手伝ったのにねぇ。あんな怖い人がいる所には絶対就職したくないよね」と口々に言われたが、「いや、あの責任者さんイイ人だと思うよ」と言った。「しろさんお人よしだわ。人がいいんだねぇ」と言われるだけだった。

 

 そんなこんなで全カリキュラムが終了し、晴れて初任者研修の資格が取れた。なんの苦労もせずとんとん拍子で取れてしまった。勿論まだ介護への情熱も志もなにもないまま、介護士の自覚も責任感もないままである。