パルテノン多摩リニューアルオープン1周年記念「オイディプス王」

 

7月8日(土)から初日を迎えました、ギリシャ悲劇の大作「オイディプス王」。ご無事の開幕おめでとうございます☺️

いわゆる「古典」といわれる演劇、そして紀元前、約2500年前に書かれた「戯曲」「悲劇」「ギリシャ」...自分にとっては初めて尽くしの観劇体験でしたが、観終わったあとは

 

「あー...いいもの観たーーー!!」

 

と打ち震えておりました。思いのままに綴りたいと思います。全然まとまっていないので、長いです...いつもか(笑) そしていつもの通り拙く偏った感想でございますので、もしもお読みいただける場合は、こんなふうに感じる人も居るのだなぁぐらいに留めてくださいますと幸いです。

 

観劇感想

 

2公演、見届けさせていただきました。

そう...見届けるとか見守るというのが今の気持ちにはふさわしい言葉のように思います。

 

個々の祈りが大きなうねりとなって息吹く物語。それはまるで運命と人を描いた「絵画」のようでした。

初日はその1枚の絵に圧倒され、立ち尽くし、静かに燃える情熱に皮膚が焼かれるようで興奮で眠れなかった。2公演目はオイディプスとクレオンが何故か身近な存在に感じて。寄り添うように見守っていたら涙が溢れてきて困りました。

 

戯曲を読んで楽しみにしていたクレオンの言葉たちは、想像の百億倍力強く、深く、温かった。そして言葉にされていない部分の余白に宿る葛藤や愛情。眼差しや背中に宿るそれが、心に焼き付いて離れないのです。新木さんだからこそのクレオン。あぁ幸せだなぁと、観れて幸せだなぁと思います。

 

この素晴らしい演劇をぜひ生で観て頂きたいので、公式リンク貼っておきます。

東京公演は7月17日(月・祝)までの開催。まだチケット間に合います。観に行かれた際は是非パンフレットの購入をお勧めします!

 

 

📚三浦涼介&新木宏典インタビュー

 

 

📷取材会&フォトコール

ステージナタリー

 https://natalie.mu/stage/news/53185

 

 

観劇メモ

 

📝2023/7/8(土)

「オイディプス王」初日公演

 

京王多摩センター駅、初めて降り立ちましたが、サンリオキャラクターが沢山お出迎えしてくれて街全体が楽しい雰囲気なんですね~、ふふ。

 

駅を出ると、真っ直ぐに伸びる緩やかな坂のその先に「パルテノン多摩」はありました。まるで神殿に向かうみたいだなぁなんて思いながら、梅雨明け前の湿度と熱気に溢れる坂を上ると、視界いっぱいに広がる大きな空と石段に見下ろされる厳かな外観。

 

「芸術文化を通じて喜び繋がる。

 特別な時間をすごすいつもの空間」

パルテノン多摩のHPに書かれているコンセプトです。「オイディプス王」をここで、というのがしっくりくる。

幕開きにワクワクする。

 

劇場の扉をくぐると、ステージには「全て」が在りました。

戯曲を読んだ時も思ったのですけれど、美しい言葉たちが綴られている物語にはその言葉を発した心情や経歴は語られておらず、ただ美しく在る。その人物像や想いは読んだ人、演じる人が描くものだと言わんばかりに。ステージ美術・照明も同じように、限りなくそぎ落とされ洗練されることで余白があり、どのようにも捉えられ成りうるように創られていてとても美しかった。

 

後々思ったことですが、天まで続く階段は神々の存在を想像させ、見せないことで冥界に畏怖の念を抱く。天と冥界の間には人が生きていて、衣装が波打つたびに息づく。心情を映すように空があり劇中では時に星が瞬く。そして、唯一そのステージの外からやってくるのは...後で語りますね。

 

音響も然り。石丸さんのツイート是非ご覧ください。(暗転での転換もほぼないんです…!)

 

 

上演時間の少し前から、それはさざ波のようにやってきて、目の前に広がる時が動き出す。

さっきまで額縁の中で止まっていた景色が、コロスの皆さんにより大きくうねり始めて「オイディーーープス!!!」という叫びに劇場中の人という人が見上げる「光」。唯一自分たちを救ってくれる希望と嘆願の熱意を受けて姿を現した時のオイディプスは、なんというか...人間じゃないのでは?と思うくらい神々しかった。

 

その口から紡がれる言葉も、指先が描く軌跡も何もかもが一つ一つ美しくて、神話を見ているようだったんです。映画でよく見る「過去にタイムスリップしてその景色を見ている」ような...自分もその中に居るのだけれど時空が違っていて、触れられないし干渉できない、人肌を感じないような一線を感じたんです。

 

でも、その後に登場するクレオンはまた違っていて。

一線のこちら側から現れ、風を伴い、大きな足音を立ててオイディプスのもとに駆け付け、力強く「吉報です!」と伝える。そして客席に向かって神託を伝える。

 

「アポロンは、はっきり命じられた!」

衝撃でした。

私は戯曲を読んで、クレオンがこんなにも熱く豊かな人だとは想像できていなかったんです。

その声は劇場中に響き渡り、私の胸を貫き、これ以上ない安心感と存在感で体中を満たして震えました。

 

「友よ」はどのように表現するのだろう、どのようにオイディプスを説得するのだろう、最後のシーンはどんな心情なのだろう...全てにおいて私のちっぽけな想像を凌駕して、温かくて深くて苦悩する人で...そのもらったものを処理しきれなくて、初日は茫然として帰りました(笑)

 

帰り道、尊敬すべき友人が導いてくれて得た答えが「絵画を見ている」でした。それは決して「美しい絵画を眺める」という事ではなく、「圧倒的な存在感で置かれている1枚の絵から受ける膨大ななにかと対峙する自分」であり、「物語との距離感」であり、生々しくも劇場で見なくては分からない感覚。

 

それは圧倒されたというのもあるけれど、後から見たものがじわじわ肌から浸みこむような。胸に到達するまでに時差があって、家に帰ってからの方が興奮していたかもしれません。

 

そして初日だからこその緊張。ステージ上にも客席にもあって、贅沢なカーテンコールを味あわせていただいたなぁと思います。新木さんはいつも通り、板の上に生きている間はお役のまま。凛々しくそして孤高にも感じる静謐さで真っ直ぐに宙を捉え一礼する。三浦さんはスタンディングオベーションの客席を見て大きな瞳を繊細にゆらめかせ、最後嬉しそうにニッコリと笑って風のように捌けてゆく。夢幻でも見ていたのではないかと思った初日でした。

 

📝2023/7/9(日)

「オイディプス王」2公演目

 

冒頭、姿を現したオイディプスは、昨日強く感じた畏敬は薄まり、若さと自信に溢れる民想いの王に感じられました。エネルギーに満ち溢れていた。「神」ってなんなのだろう...と前日から悩み続けたおかげで自分が変わったのかもしれませんが(笑)

だからか、神官の「神の御声が聞こえるのか、ただ人の力のみでなさるのか存じませんが」という台詞がすっと耳に入ってきて、あぁどれほどの王であっても人は人なのだと思えたんです。

 

そしてその人を、民を支えたいと思っているクレオンが居る。

あの存在感をまるっと消すことができる新木さんがダンッダンッダンッッ!!!!と大きな足音をさせて登場するのは、どれほどまでに急いで友に吉報を届けたかったのか、苦境を変える風を肌で耳で感じさせたかったのかと(客席からの2度目の登場時は足音をさせていないので...)。そしてオイディプスが決断をした後、クレオンは民を見ながら微笑んで捌けるのですよね。これで良き方向に向かっていくに違いないぞ、と安心させるように。月桂樹の冠を戴くにふさわしい、神託を得られるほどの人格者である余裕。わー、好きだーってなりました。

 

そう、客席からステージに上がる人物は2名(たぶん)。クレオンとコリントスからの使者なのですが、この二人はオイディプスが受けた神託と呪いの影響を受けない人物なのかなぁなんて考えています。そして神々の時代の物語ではなく、今の物語として感じさせることができる、大地や人肌の温かさを持つ繋ぎ役でもあったり...?妄想ですが。

 

第二場、怒りに震えるオイディプスと弁明するクレオン、お二人のお芝居がもう何もかも素晴らしくて(涙)。カリスマ性があるからこその熱と冷徹さを併せ持つ王と、朴訥としながらも内に秘めたる熱さを持つ参謀。二人とも己の正義があって、バチーンとぶつかった時の個性の違い。

「何をです。わかっていることがあれば申します。」じりじりと熱を帯びる声色。

額を寄せる肉体の距離と反比例するように言い渡される友からの宣告。

瞳の揺らぎは心の傷を痛々しく映し、何故だ何故なんだと訴える。不器用なくらい真っ直ぐに。誤解されるならば「この身に呪いがかかり、朽ち果ててもかまわない」と。

 

ヒートアップする彼らに冷静さを取り戻させるのは民衆なんですよね。オイディプスのこともクレオンのことも愛おしく思い優しく思いやる彼らの言葉にハッとなる。自分たちの諍いによって苦しみを増してしまうことに胸を痛める。

 

「そのようなご気性では誰よりもご自身がきつかろうに。」

この台詞、戯曲を読んでいる時は少し嫌味のように感じていたのですが、自分が追放される状況になってをもオイディプスを心配するクレオンの温かさとか、友情をこの舞台を観て感じることが出来て、あぁ新木さんだなぁと思うのです。

 

そうそうオイディプスが両手で顔を覆って悲嘆にくれるシーンがいくつかあると思うのですが、その仕草を可愛いなぁと思ってしまうんですよね。イオカステが「手短にお話しいたしましょう」と二人でちょこんと座るの、とってもいい。オイディプスが顔を覆う姿に若さとか子供っぽさを感じさせるというか...実は「妻であり母」であるイオカステ。若き夫を子供のようになだめているようにも見えるし、仲睦まじい夫婦のようにも見える絶妙なお芝居、演出だなぁと思うんです。

 

最終場。凄惨なのですが、視覚から入ってくる痛々しい現実よりも、深い愛や思いやる心に胸が苦しくて苦しくて、この公演はどこからか涙が止まりませんでした。

 

運命を知り、それでも抗い民を救う王。

穢れが王だと知っても、信じ続けたかった民。

 

「身内の罪は身内だけで嘆くがふさわしい」

クレオンの台詞は、痛ましい友の姿をこれ以上さらし者にしたくなかったんじゃないか。

神の時代にあって、友と神どちらを選択すべきなのか。真っ赤に染まった友の手を取り、額を寄せる(あの自分が追放された時と逆の構図で)。

言葉としては書かれていない、このシーンを想い返すたびに、感情が渦巻いて答えの出ない何かが溢れ出すんです。あー、書いてて泣けてきました(笑)

 

オイディプスから娘たちへの言葉。

戯曲を読んでいた時はなぜこんな呪いの言葉をかけてしまうのかと不思議に思っていたけれど、いつか言われるであろう心なき言葉を、先に伝えることで強く在れと願う深い親心なのだと気づかせてもらって。そして自らと居れば災いが降りかかるから離れなくては、でも離れたくない...。

 

誰よりも友を理解し、民を愛するクレオンだからオイディプスが託す。全ての災いを独りで背負う友から託される。葛藤、信念、様々なものが背中と眼差しに溢れていて。

戯曲で不思議に思っていた、クレオンの言葉の前の空白。あぁ、まだまとまりません。

 

人だから。人だから悩み苦しみ、裏腹で、想い合い、懸命に運命に逆らう。

古典ではなくて「今の物語」って仰っていたのがやっとわかって。全8公演、しっかりと見届けて持ち帰って、私の中に生かしたいと思います。

観れて幸せです。ありがとうございます。

 

アフタートーク備忘録

 

有り難くも7月9日のアフタートーク(1回目)に参加することが出来ました。あの張り詰めた本編後、10分程でお衣装のままで御登壇してくださってさぞ大変だろうと思いつつも、新木さんの柔らかく大きな心にほっとして、真摯で温かいキャストの皆様の空気を味合わせていただいて嬉しかった。コロスに女性を起用されたお話しを聞いて、舞台鋼錬での生命の誕生シーンの描き方に通ずる伝えたいものを感じて益々石丸さんが好きになってしまった。三浦さんのお話しが短くなってしまったのは残念でしたが、本当に素晴らしいアフタートークでしたので、覚えている限りを絞り出して残します。

 

※記憶力に乏しく雰囲気で覚えているので、言いまわしや言っている方も間違えている可能性が大いにあります。

※アフタートークというクローズドな環境だからこそ聞けたものもあると思っております。そもそも不確かな記憶を頼りになんとか文字にしておりますので、拡散などはせずにそっと薄目でご覧頂けると幸いです。

 

🪑2023/7/9(日)

アフタートーク

 

プロデューサーさん(以下Pで失礼します)

――この企画は何年も前から石丸さんに「オイディプス王」をやりたい、とお話しさせていただいていたものでした。前の劇場では実現せず、この新しい劇場で改めて石丸さんにお願いしてご快諾いただき成されたものとなります。手前味噌ですが、この素晴らしい演者さんたちに恵まれて公演を行うことができました...皆様、ご覧になっていかがでしたでしょうか?(会場万雷の拍手)

ありがとうございます。では早速ですがご登壇の皆様にお話し伺ってまいります。

 

■石丸さん

 

悲劇だからこそ美しくしよう、とスタッフワークを準備してきましたが、この「オイディプス王」という戯曲は、キャラクターの設定は一切書かれていないのですよね。例えばオイディプスが王になってからどう過ごしていたのか、どんな人物像だったかなどの描写がない。だから三浦くんのオイディプスの在り方でこの舞台の方向性が変わると思って、キャラクターは作り込んでいくのをやめようと思って本読みに望んだんです。

その本読みで三浦くんは、オイディプスとして既に王としてあって、生きてくれた。演劇用語では「貫通行動」と言うのですが、お芝居の中で役者が芯に持つ一貫した行動があります。彼は王として国や民のことを思っていた。

テイレシアスに言う「私は国を救いたいのだ。自分のことに興味はない」という台詞。人間だから悩みもすれば嘆きもするけれど、国と民を思い、始めて知った事実に怯え、涙する姿を見て、オイディプスはここでそう感じそう生きるのかと知ることができた。

最後のシーンでオイディプスは何故イオカステの後追いをしなかったのか。後追いした方が流れとしてはいいのかもしれないけれど、自分を追放することで「予言を成就」させ、民衆を守ったのだと思わせてくれたのは初めてで...あぁ今回はこれを受け止めていけばいいいんだと確信が持てたんです。

(私は石丸さんのお話しに引き込まれてしまって気づかなかったのですが、このお話しを聞いている間、三浦さんは下を向き何度も涙を拭っていたそうです)

 

――新木さんは、スチール撮影の際「シンプルなお話しだ」と仰っていたことが印象的でした。2公演終えてみてどうですか?(P)

 

■新木さん

 

そう…ですね(ちょっと困ったような笑顔をしながら)、僕は西欧文化の作品に出させていただくことが今までなくて...まず戯曲を読んだ時にはこれが2500年前から演じられてきた物語なのかと。シンプルで分かりやすいから感情移入もしやすい。シンプルだからこそ余白があって、受け取ってもらうことが出来る。んー...原石だからこそ磨き甲斐があるものなのだと感じています。

 

―新木くん劇場入ってから変わったよね?!場を掌握する愉しみを育ててるのかな~って思って。(石丸さん)

 

いや、王族の立ち居振舞いが分からなくて(笑) …古川雄大に電話しました。(会場笑)

僕は今まで日本の時代ものに出させてもらうことが多かったので、威厳を出そうと思うとなんっか重心低くなっちゃうんですよね。それでグランドミュージカルの動画をバーッと見まくったら、雄大がいるじゃん!ってなって、連絡して聞いたんです。

 

―古川くんなんて答えたの?気になる!(石丸さん)

 

「俺も分かんない!」って言ってました(笑)

彼はヒップホップ(間違えてたらごめんなさい)習いたくてダンススクール入ったらジャズだったっていうエピソードがあるんですけど、そのジャズダンスを研鑽してきたからこその体の使い方がそう見せているのだろうなって…自分は思ってるんですけどね。雄大は自分自身ではわからないみたいです(笑)

 

でも…衣装ですね。衣装着てみて分かりました。時代劇とか武士だと腰を落としがちなんですけど、腰を落としちゃうと裾、踏んじゃうんですよ!(会場笑)

感情的になると前のめりになるから余計裾を踏んじゃう!...ね?捌きにくくないです?(と横を見ると、うんうんと優しく頷いてくださる三浦さん)。日常的にこの服を着て過ごしていたんだなと考えながら気をつけると自然と姿勢が良くなるので、それでなんとかなってます。

 

―(笑) 新木くんはクレバーだよね~!ここはこうしたいという演出を私が伝えると、それについて細かくは聞かずに次のお稽古に答えをもってきてくれる。それを見てそう来たか~、そうくるなら次はこうしよう!って話し合いが出来る。

(新木さん、うんうんと嬉しそうに聞いてらっしゃいました)

 

――大空さんは石丸さんとは3回ご一緒されているんですよね?(P)

 

■大空さん

はい、石丸さんはとても細やかな部分まで演出を準備してきてくださるのですが、それが役者から出てくるまで待っててくださる方なんです。歌でいうと1小節、その1音1音までフォルテなのか決められているというか...でも...今回違っていましたよね?

 

―そうですね(笑)今回はほとんど止めなかったもんね。(石丸さん)

 

私はほとんどが涼介くんとのお芝居なのですが、もちろん間違えた道を行くときは修正してくださるのですけれど、基本的に自由にやらせてくださって...。

長く演じられてきた作品だからこそ、こうだ、という先入観があるもので、母であり妻であるという事が凄く難しくて、色々と考えてお稽古に臨んだんですけど、全部だめで、ある時空っぽにしようって思ったんです。その時その時を生きようって。それは涼介くんだから出来たことだとも思います。どんなことがあっても涼介くんが歩いていく道なら大丈夫、ついていこうって。だから今は、とにかくからっぽにすることを大切にしています。

 

―ゆうひさんはそれが出来るのがすごいよね。芯に持っているものがあるから、柔軟について行くことが出来る。もちろん、その道の終着地点は良い景色にならないんじゃないかな〜って時は言うけれど、基本的にはその先になにが見えるんだろうって見たくなる。(石丸さん)

 

――お待たせしました、三浦さん。大変なお稽古を乗り越えての上演、幕が開いてみていかがでしたか。(P)

 

■三浦さん

初日って来るんだなぁと…。僕には初日は来ないものと思っていました...でも来るんですね(笑) お稽古が何度もストップして、今日は三浦がダメだから解散、と一日なくなった日もありました。でもスタッフやキャストの皆さんから本当に沢山の愛をいただいて、初日に向かって精一杯頑張ってきました。

 

――本当に大変なお稽古をしてきましたものね。お稽古場は三浦さんの汗で水溜まりが出来るほどで…。それを横で見ていた新木さんが持たないんじゃないかと心配されていたぐらい...。(P)

 

今日は(と見まわして)...水たまり大丈夫でしたね(笑)

 

(ここでリーンリーンと終了のベルが鳴る)

 

――ベルがなってしまいましたので最後にご挨拶を頂きたいと思いますが、石丸さんにコロスのお話しを頂けたらと。(P)

 

■石丸さん

 

そう…ですね。本来コロスは男性15名で構成されるものなのですが、その役割を男性だけにするのが嫌で(笑) 女性も含めた16名編成にしました。そしてダンサー半分、役者半分という珍しい構成になっています。彼らは長い稽古中、役者は振付けを懸命に練習し、ダンサーは台詞を言うのも初めての人もいた。郡であり一人一人が個で在るということが大切で。民衆であり、時にオイディプスの手を引くぐらい近くにあり、時に神として憐み、王と対峙する。そのコロスがものすごい熱量で挑み団結したのは、三浦涼介がオイディプスとして生きて在ってくれたから。それだけの熱量が必要だったんです。素晴らしい活躍をしてくれていると思います。皆さんいかがでしたか?(会場万雷の拍手拍手拍手)

 

――三浦さんお願いします。(P)

 

■三浦さん

 

一緒に演じてくださる皆様がいて、支えてくださるスタッフさんがいて、いつも応援してくださる皆様が観に来てくださる。ありがとうございます。始まってみたら千穐楽まであっという間ですが、精一杯命懸けで演じて参ります。ステージでどうなってもいい、とすら思ってるくらい(笑)愛をこめて精一杯頑張っていきますので、また劇場へお越しいただけると嬉しいです。

 

――ゆうひさんお願いします。(P)

 

■大空さん

えっ!?涼介くんで締まったんだと思ってました(笑)

...私たちは何故、劇場に演劇を観に来るのか。それをずっと考えていて。その答えが見えたような気がします。

お芝居をすることで何かを繋げたい。千穐楽まで、毎日新鮮にお届けしていきたいと思っています。

(記憶が怪しくてだいぶ違っているかもしれません..ごめんなさい)

 

――新木さん、お願いします。(P)

 

(すくっと立ちあがって)人の嗜好はそれぞれです。僕が出演したことで今回初めて古典に触れるという人もいるかもしれないし、この作品を何度も見てきて観にいらした方もいるかもしれない。良い、と思われた方はぜひ拡散お願いします。思わなかった方は...胸に秘めて頂いて(笑)

自由に感じて、自分の嗜好を探してみてください。僕たちはそのために色んな演劇をこれからも届けていきます。

(ご登壇の皆様含め会場中から拍手)

こちらの皆さんから拍手もらえると思ってなかった~!嬉しい~!

(満面の笑顔で喜ばれてました)

 

――2日間の休演日を経て次回公演は7/12となります。翻訳家:河合祥一郎さんをお迎えして、また全く違うアフタートークをお届けします。ぜひご来場ください。本日はありがとうございました。(P)

 

ご登壇(下手から)

プロデューサー:栗原喜美子さん

演出:石丸さち子さん

イオカステ役:大空ゆうひさん

オイディプス役:三浦涼介さん

クレオン役:新木宏典さん


 

以上。

皆様が幸せでありますように。

千穐楽まで無事に走り切れますように、祈って応援しております🍀

 

📝3~6公演目に見た景色はこちら

📝7公演目(東京楽)に見た景色はこちら

 

ログ

 

📌新木さんブログ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

📷景色