一昨日、「あんたはずいぶん持てたでしょ」と内心うれしい話をされた。
もちろん、初めて会った人なので、ボクのことは何にも知らない。
ボクは黙ってその言葉を肯定していた・・・・(否定しない態度で)
過去「持てなかったわけではない」から、否定もしなかっただけだ。
ただ、相手の「持てる」とボクの「持てる」はちょっと意味が違うだけのことだが。
「女にもてる」という意味で言われたのはすぐわかった。
でも、その意味についてはわざと違う意味に用いたのがボクちゃんなのだった。
「重いものが持てた」時代があった。あの頃は自分でも体力があった。
「持てますか?」
「はい、持てます」
その力は今は減衰している。
ところで、みんなが錯覚している言葉がたくさんあるし、物事でもそうだ。歴史で教えられこと、医学の嘘と錯覚、政治や経済、ありとあらゆるところに錯覚と嘘が入り交じっている。
いや、そういう嘘やでたらめのほうがずっと多かったのがこの地球上の「遊び」(ゲーム」だったということなのだが・・・・
嘘とねつ造の世界にようこそ♪
これがわしらがこの世に誕生(という夢なのだが)してくるときに歓迎の言葉として贈られるのだ。
だから、くそまみれ、じゃないな、嘘まみれの世界に入り込んできたドングリの子が「坊ちゃん一緒に遊びましょ♪」とドジョウに言われた時から、どんぐりは「お池(地上の遊びゲーム)にはまって、さあ大変」を続けてきたというわけだ。
そこにはジェットコースターのような極端なゲームやら、メリーゴーランド風の穏やかな遊びやら、もう数え切れないほどのゲームが備えられている。いや、なければ自分でいくつでも作られる。
そして、どんどんお池の中のゲームは混沌としてきて、かなり過激になってきた。だが、なかなかゲームから抜け出せない。
子供がゲームに夢中になってしまったが、なかなか「上がり」にならない。
いつまでも途中でゲームアウトになってしまう。
もう一度、もういちど・・・・何回も何万回も挑戦するやつもいるだろう。
それが「お池にはまってさあ大変!」ゲームなのだった。
われを忘れて何度も何度も繰り返すゲーム。
そうして、天から声が聞こえてきた・・
「ぼっちゃん」(どんぐりの子へ)「そろそろ、帰りましょ」
あんまり遊んで夢中になりすぎたゲームもそろそろ仕舞いにして帰りましょ。
森に帰る時が来ましたよ。
ところが、まだまだ遊びたいどんぐりの子もいた。
じゃあ、別のお池につれてってやりましょ。
こうして、お池から上がって森へ帰るどんぐりが出発の用意を始めたとさ。
だけど、遊び散らかした道具も片付けてからね。
そういうわけで、いちど、嘘とねつ造の世界をきれいにしてから帰れるようで。
いきなり、アセンションできるわけじゃないようね。
え?
ここで、天の声・・が・・・・
「自分の部屋をきれいにしてから、こういの書きましょうね♪」
空耳だったかな・・・・
ところで、今でも忘れられない「持てた話」だが(もちろん、生き物からですよ)
お客さんの庭仕事をしていたら、後ろからいきなり脚を抱きつかれた。
ん?
振り返ってみると・・・犬が前足で僕の両脚に抱きついていた♪
もうひとつ(こんどは人間だぞ。それも女性¥)
さて、もう帰るかな・・
とその家の人に告げると・・
「帰らないで!ねえ、帰らないで!」
と女の子が哀願するのだった。
ただ、この子はちょっとちえ遅れと言われた女の子でした。
そこの家族とともに皆が笑った・・・
いまのところ、持てた思い出はこのふたつだな・・・・
まあ、いいか。重いものはずいぶん持てたし・・・
以上は自分のふんどし。
マドモジャ愛(ない)ブログ主
下は他人のふんどし
(なに!他人のふんどしの方がいいって!)
本当は知っている
マドモアゼル愛」様ブログより