二章、予防接種の驚くべき歴史(危ないぞ予防接種より) | akyoonの異端の医学と不思議な情報

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すべての親が知るべきこと
        【危ないぞ 予防接種】
イギリスからのメッセージ1992年9月30日   第1刷発行
著 者   レオン・チャイトー
 訳 者   藤井 俊介
   監修者   毛利 子来
発行所 社団法人 農山漁村文化協会


より。

 

 誤字等在りますので、本を読んでくださいね。


ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー転載元  書籍を買ってください

 

 


[[  第二章    予防接種の驚くべき歴史]]

 予防接種は、天然痘にかかったときの危険を最小限に食い止めようという、何世紀にもわたる試みから始まった。人々は天然痘を防ぐ種痘法の父として、エドワード・ジュンナーを知っているが、事実は牛痘(牛の天然痘)の種を使ってこの病気を予防しようという試みは、彼が実験をする前の世紀から行われていた。彼のアイデアは、この方法を使うことから生まれたのである。


 古代のイギリスやドイツで魔術や予言などを業としていたドワルド派の僧侶たちは、徐々に身体の抵抗力をつける試みとして、天然痘の患者の膿疱からしみ出した液を均質に薄めたものを使ったりしていた。中世においては、同種毒療法として知られる天然痘の生物(膿や溶出液など)を使って病気を治療しようとする方法が、当代一流の天才的医学者パラセルサスによって、特別に用いられた。

歴史家ル・デュクによれば、一六七二年シラクサの老女がコンスタンチノープルで同じような方法を用いたとのことである。彼女は希望者の肌に×型に切り傷をつけ、傷口に天然痘の膿汁をこすりつけた。そして、これが天然痘を予防する確実な方法なのだといっていた。また、こうした天然痘の分泌物に触れることを勧める以外の方法として、敬虔な祈りを捧げること、肉食を絶つこと、四十日間断食をすることきも行われていた。なかでも断食は、個人の健康上意味深い利益効果があるとして好まれた。

 なのに、この時代に天然痘がヨーロッパの広い地域に流行していたことは、記憶すべきことである。しかも多くの地方でよく似た予防法が行われていたけれども、すべて自己満足にすぎなかったのだ。

 しかしながらこのとき、エドワード・ジェンナーの仕事によって、種痘の組織的な実施が行われるようになったのである。彼の職業は散髪屋で、手足を治療する医師でもあった。

バーナード・ショウによると、天才というに値する彼のたった一つの資格は、牛の病気である牛痘に触れると天然痘にかからないという考えを、ジュステイという農夫から聞き出したという点だけなのである。


 この話の実際は、もっと複雑である。というのは、牛痘にいつも触れている乳しぼりの人たちから十分な情報を得ていながら、ジュステイの批判にもかかわらず、ジュンナーは「この防衛力は馬から得られたものであって、牛たちは馬痘に感染していたのだ」と主張したのである。
そして彼は、病気の馬から直接人に接種することを主張したにもかかわらず、彼の実験は当時の人々に幻想をもたらし、英国議会は総額三万ポンドの賞金を彼に与えたのである。


 一度種痘に成功すれば、二度と天然痘にかかることはないという彼の主張は、これに反対する山のような証拠があったにもかかわらず、広く受け入れられた。後になってヨーロッパでは、すべての幼児たちが牛痘の接種を受けることになった。そのあげく(十九世紀後半に)天然痘の大流行に蹂躙され、それがきっかけとなって、ジエンナ一によって提唱された方法は禁止されたのである。


 リンドラールは次のようにいっている。「一八七〇~一年にドイツでは天然痘が猛威を振るっており、一〇〇万人以上の人が罹患し、一二万人が死亡した。ところが、これらの人の九六%は、種痘をしていたのである。たった四%の人が防衛力のない状態だったにすぎない。そこで、ドイツの首相・ビスマルクは各州の政府に通達を送り、その中で、発疹性のおびただしい病人は種痘に起因していること、そして天然痘予防のための牛痘接種の効き目は完全にいつわりであることが明らかになったことを述べていた」



 バーナード・ショウは『ネイション』誌上に、次のように書いている。

 「種痘によって生命を守るのに失敗したことが否定しきれなくなると、とどのつまり、七年間はまだ有効だといい立てる(七は特別な魔法の数である)。そして多くの場合、再接種を義務づけたのだ。最も驚異的な大流行が起こって、種痘の義務接種が再高調に達した一八七一年には、毎日誰かが死の災害を受けたのである。この状態は、一八八一年の他の大流行まで続いた。ついでではあるが、この一八八一年には私も接種されたが、病気にかかってしまった。だが私は祖父よりも幸いであった。祖父は旧式の接種をし、種痘をし、その上自然の天然痘にかかったのであるから」



 それから後は、専門家たちは種痘にのみ頼ることは止め、発生を抑制する方法として隔離を始めた。

 すると、この方法は驚くべき成果を上げ、衛生学の進歩とあいまって、天然痘の発生をみごとに低下させた。こうして種痘の強制は大失敗に終わり、ついに廃止されることになったのである。



 しかし、このように失敗が明白であり、その副反応が多発したにもかかわらず、種痘主義者は、強制接種をしている期間はヨーロッパ全体として発生が低下しているとして、種痘を正当化しようと試みた。もちろん、この低下と種痘とが相関しているならば、他のすべての方法は排除され、この方法の失敗よりも発生率が低いという長所のために、種痘の継続を促進することが重要であることを示していたはずではある。

けれど、天然痘の影響力の低下に対する栄誉を種痘に与えることはできなかった。なぜなら種痘をするしないに関係なく、ヨーロッパすべての地域で低下が起こっているという事実があったからである。もしいくらかでも効果があるならば、コレラ、チフス、結核、赤痢といった同時代に流行した他の多くの「死に至るやまい」の減少に対しても、同程度には効果があると認められるべきであった。



 イワン・イリッチは、明確に指摘している。「工業化時代の最初から優勢であった伝染病に対しては、どのような医療が効果的であったかを、明らかにすることができる。たとえば、結核は二世代にまたがって最高潮に達した。ニューヨークでは一人…年に結核の死亡率は確実に最高であった。そしてコッホが最初に結核菌を培養し菌体染色をした六九二年までには、人口一万人当たり三七〇人に減少していた。最初のサナトリウムが一九一〇年に開院したときには、その率は人口一万人当たり一八〇人に減少していた。当時結核は、死亡率表の第二位であったけれど、第二次大戦後は、抗生物質が一般に普及する以前でも、一万人当たり四八人の率で、死亡率表の十一位にすべり落ちていた。

コレラ、赤痢、チフスなども、医療にたよることもなく、同様にピークに達した後、衰えてしまったのである。病因論が解明され、特効ある治療法が確立されるときまでに、それらの学問は関連性の多くを失い、必要ではなくなっていた。

猩紅熱、ジフテリア、百日咳、麻疹の一八六〇~一九六五年間の総死亡率は、十五歳以下の子どもでは、抗生物質の導入とジフテリア予防接種の普及する以前であったが、この期間に総計で、九〇%近くの減少を示している」


 この死亡率の低下についての説明は、衛生状態の改善、住環境の向上、そして何よりも栄養状態の向上のために、病気に対する抵抗力が強化されたこととともに、微生物そのものの毒性の変化に、関連させることができる。


 このようにして、天然痘や過去の多くの感染症の自然史は、よく似たパターンをたどった。そして、これは予防接種に関連があるというよりもむしろ、人間集団でのより良い環境、より良い栄養状態に関連が大きいのである。このことは、これらの感染症を制圧する方法を改善するために、全力を注ぐ立場に立って考える場合、我々に明白で重要なガイドラインを与えてくれる。
                       (注1)


 そして、その場合、宿主(ホスト)とその免疫機能が、中心的で最も重要な視点となる。論争の常として、免疫機能を高める最高の方法は病原菌を弱めたり菌体の限られた一部分を取り出した感染源(すなわちワクチン)にさらすことだと考える人もいれば、免疫機能を高めるには住環境や栄養要因を改善しなければならないと考える人もいる。
もちろん、もしわずかの危険だけの予防接種で効果があるならば、我々は、そうだと信じさせられているが - その論争は、公平に考えられるものとなるであろう。しかしながら、予防接種は本来短期や長期の危険性をはらんでいることが判明しており、またどれほど防衛効果があるかも疑わしいという指摘もあるので、すべての該当者への大量集団接種には、再評価を加える必要があるのだ。

 とにかく、ジュンナ一によって推奨された方法は、十九世紀には悲劇的な失敗に終わった。そして
 強制接種計画は、終局的には崩壊してしまった。




 種痘を経て予防接種までに発展させる考え方と方法論に、再び火をつけたのは、ルイ・パスツールの天才的な巧妙さと、行政への働きかけであった。
けれど、パスツールが公開デモンストレーションにおいて得た結果は、この方法の望ましい点を評価しようと試みる際の一つの大きな困難を明らかにしている。

予防接種は、個人単位では、特殊な微生物に対するある程度の防衛力を刺激することを明らかにすることができた(我々はこの本の後の章で、この過程に含まれているメカニズムを、いっそう厳密に検証するであろう)。しかし、もう一度声を大にして「しかし」というが、この手法に内在する短期や長期の反動は、どうなのであろうか。

 問題の要点は、けっきょく、予防接種によって一つも望ましい効果を得られないことがしばしばあるというのではなくて、受容しがたい負担を負わないかぎり、健康に対して望ましい効果は得られないということなのである。

しかも、悲劇は、損失が明確でないという点にもある。というのは、損失の実態は長年の間現れないことがしばしばだし、たとえ現れても、因果関係を明らかにすることは必ずしも容易ではないからである。

幸か不幸か、最近の医学調査では、予防接種に起因する健康上の長期にわたる危険の可能性はけっして思いすごしではなく、真剣に注意を払う価値のある問題であることが示されている。たとえば、麻疹のようなまれだけれど亜急性硬化性全脳炎を起こす恐れのある病気の予防が確立されたならば、どんなに多くの親が予防接種を受けるようにという勧告に喜んで応じ、愛する者を危険にさらすことから免れることであろうか?

 また百日咳のような、不快な、まれには重篤化する病気に対する予防接種の短期間の副反応が、脳障害やてんかんといった重い症状(それはまれではあるが)を起こすことが知らされたならば、どの親がその危険を冒すだろうか?

これら二つの例では、その答えはわかりきっており、もしこの恐ろしい副反応と予防接種との間に確実な関連があるならば、接種を受ける人はたちまちのうちにほとんどいなくなってしまうであろう。また麻疹でも百日咳でも、いずれにしても、罹患したときの危険がごくわずかなものであることがわかっていたり、また子どもの健康状態が十分な栄養や摂生のおかげで申し分ないならば、接種を受ける人は、さらに減少することであろう。しかも、実際には、面倒な副反応の可能性は、ありうるばかりではなく、起こることがほぼ確実だということ、そして子どもが罹患したときの危険は、基本的な医学的手段さえとられておれば、最小限に食い止められるのである。


 注釈{*たしかに、麻疹の余病は、肺炎を始めとして、日本では非常にまれになっている。ここに述べられている亜急性硬化性全脳炎も一〇万人に一人と、きわめてまれである。(毛利)}



 現に、きわめて重い脳障害の危険は、百日咳ワクチンでは実際に存在する。麻疹のようなワクチンでも、長期にわたる慢性の変性疾患の危険が存在する。そして、この事実は氷山の一角にすぎないのである。
たとえば、百咳ワクチンが脳障害を引き起こす事実を示すことはできるが(第五章参照)、この深刻な副反応と取るに足りないような副反応との間に、どのような種類の副反応が存在するであろうか。
ある一部の子どもには、わずかな行動上の変化が起こるかもしれない。他の子どもたちには、健康状態を低下させる副反応が、注目されるかもしれない。このような反応の問題は、「起こるか起こらないかどちらか」といったタイプではないからである。最も深刻な副反応しか起こらない、ということはありえないのだ。
重篤な反応は、非常に劇的なものとして注目される反応ではあるが、長年にわたって、あるいはひょっとすると生涯、子どもたちの健康と行動に降りかかってくるのは、無数のちょっとした副反応なのである。
しかし、健康に影響を与えるすべての分野で何が危なくなっているかを、合理的に理解しようとする我々としては、これらのちょっとした副反応も深刻で明白な副反応と関連があるということを、心にとめなければならない。



 さて、我々が次に考えなければならない問題は、医科学界で異彩を放つ存在として、誇張して見られているルイ・パスツールの業績についてである。





     [[パスツールと彼の遺産]]

医科学界の多くの変革者によくあるように、ルイ・パスツールは医学者ではなく実験化学者であった。ここに医学史上の彼の立場の再評価を考慮しなければならない根拠がある。というのは、彼の誠実について疑いが表明されているからである。実際、彼の偉大な「発見」のいくつかは、同時代の科学者アントン・ビーチャム教授に負うところが大きい。

 アーチー・カロケリノス医博とグレン・デットマン哲学博士は、次のような論争を書いている。

[[「近代医学は、病気についてはパスツールの細菌学説を基礎としている。ある特定の有機体が特定の病気を引き起こし、特定のワクチンが防衛力を与えるという学説である。ある先天的体質の子どもは、予防接種でも防衛力が得られず、接種時に死亡することもあるという事実を観察すると、このパスツールの独断の正当性に対して疑いの影がよぎるのである(第五章参照)」]]

 [[人間はさまざまの理由で病気にかかりやすくなり、病原菌そのものも感染状態で簡単に優位に立つということが、やがて明らかになった。したがって、感受性のある者に予防接種をすることは、必ずしもその人たちに免疫を与えることにはならない。それは逆効果になるかもしれないのだ。]]



 その上パスツールが、同時代の偉大な科学者ビーチャムの研結果を剽窃したことが明らかになったとき、この間題が白日の下にさらされた。この鋭い観察者によれば、生命の基本となるものは細胞ではなくて、彼が「マイクロザイマ」と呼んだ生きた「遺伝子」なのである。

マイクロザイマは栄養環境によって、ウイルスになったり細菌になったり、有毒になったり無害になったりと変化して、進化できるのである。そして明らかにある特定のウイルスは、よく似た有機体を産出できるが、これはある特定の環境状態が存在する場合にのみ可能なのである。他の状態下にあるときは、他のウイルスや細菌に変化することが起こりうるのである。

 同じように、感染も、マイクロザイマの進化の過程による展開しだいで、内因的にもなるし外因的にもなりうるわけである。こうして、ワクチンの誤りが説明され、細胞のおかれている栄養環境の重要性が述べられているのである。

 しかし、パスツールを剽窃者だと単純にきめつけてしまうことは、複雑な免疫の問題を理解するためには役に立たない。我々が冒頭で提起した注目点は、パスツールと彼の後に続く者たちに対するものである。もちろん、それは二十世紀の人たちの心に深く刻み込まれた、彼の業績に根ざす学説をめぐる、いくつかの論争に関するものである。



 パスツールは化学者であって、彼の初期の業績は、結晶学に関するものであった。結晶構造の変異に関する研究と、これらを分離しようという努力の過程で、彼は、特殊な微生物は変異種を識別できるので、実験に使うことができることに気づいた。

彼はその後半生に、ブドウ酒、ビール、果実酒での異常な変化について、原因を突き止めることを依頼された。それは、外見上同じ環境にあって何事も起こっていないように見えているのに、酒が酸っぱくなったり不適当な発酵が起こり、経済的に大きな損害をこうむるという問題であった。この分野での彼の最初の研究は、牛乳に関連したものであった。
そしてその結果彼が得た結論は、分離することはできなかったが、特定の微生物が牛乳を酸っぱくする酸敗反応を示すのだということであった。次いで何年間もビール、ブドウ酒、酢、バターと、発酵と酸敗に関連する珍しい事象の研究を行い、これらの生産物中のさまざまな変化はその中で活動している微生物に関係していると結論づけた。

こうしてパスツールは、酸っぱいミルクの中には、酸っぱいブドウ酒の中とは違った微生物が存在することを示した。そして変則的な変化が起こったときには、違った微生物が存在していることに注目した。

 この成果を、イギリスの科学者ジョセフ・リスクーが発展させた。彼は殺菌した傷口からは感染しないことを示し、外科的処置にこれを応用し、石炭酸を用いることを始めた。


 [[さらにパスツールは、多くの人間や動物の病気にまで研究を広げた。彼はそれぞれの感染症には、それぞれ特定の微生物が関係していると結論づけた。そして、これらの微生物を同定することによって、ジエンナーの初期の研究に関連している考えを用い、病気を防ぐことを始めた。パスツールが追い求める微生物は、同じ環境の中で生活している宿主にまったく寄生していて、動物や人に外部から感染する、と彼は信じていた。]]


 ところが、パスツールが華々しく活躍したときと同時代のビーチャムの業績は、反対の意見を示していた。というのは、マイクロザイマと呼ばれる材料から、細胞中で微細な有機体の自然な変化が起こることを、彼は信じていたからである。これら微細な粒子は、適当な環境の下にあれば、ウイルスや細菌そのものに変化することができると、ビーチャムは主張している。こうして感染の外部感染源説は、パスツールがワインの発酵過程についての発見を「借用した」その人によって、対論が出された。


 ビーチャム自身、彼の著書『血液とその要素』で、次のように述べている。「一八七二年、パスツールは、彼の最も大胆な剰窃を試みた。ブドウ酒発酵の酵母は、ブドウの中に自然に存在するということを私が発見した八年後に、いきなりそれを「発見」した。これに関連して、植物や動物の構成物の中には、小さな細胞の中で、遺伝子がなくても、自発的に物質変化を起こさせるものが通常存在していることをパスツールは発見した」

 ビーチャムの学説によれば、マイクロザイマは生命現象の最小単位とみなさなければならない。細胞ははかない存在のように見えるが、生理学的には不滅のマイクロザイマから構成されている。十九世紀後半において、Ⅹ線や電子顕微鏡の助けもなしに、ビーチヤムが、遺伝コードとしてのDNA構造の二重ラセン形成のためにマイクロザイマが結合することを著述していることを知るのは、素晴らしいことである。



 彼は著書の中で、次のように書いている。

「マイクロザイマの集合体は、二重ラセンを形成する」。

 彼は、はっきりと具体化された率直な方法を用いた。そのおかげで、一九六〇年代(ノーベル賞受賞者のウイルキンス、ワトソン、クリックがⅩ線屈折を用いて証明する)までは、十分に表現できなかったものを見ることができるようになったのである。
ビーチヤムの方法は偏光を用いることであった。これは第一のプリズムを通った光の彼の振動を、第二のプリズムを通して見るというものである。


 [[広く宿主の体内にマイクロザイマ(つまりはDNA)と呼ばれる基本物質がほぼ確実に存在しているという事実を、ひとたび受け入れたならば、我々はウイルス粒子の起源について、理解しやすくなる。]]雑誌『タイム』の記事によると、ウイルス粒子はビーチャムのいうマイクロザイマに、非常によく似ているようで、「ウイルス粒子は生命最小単位のモデルである。それはただ単に遺伝物質の核のみ ー DNA分子やRNA分子 - から形成され、保護のサヤはタンパク質からできている」。

 だが、ウイルスは、我々が知っているように、すべての生命体に共通の構成物である細胞構造が欠けている。



 『タイム』は続けて、「真の生命体とは違って、それは栄養代謝を必要としないしできもしない。宿主の助けなしには成長しないし、増殖もできない。もしウイルスを試験管の中に入れても、そのままで何も起こらない。それは自分自身のコピーを作ることすらできない」


 ビーチャムは次のように述べている。

 「細胞は永久的な組織発生の要素ではない。その存在ははかないものであり、生命硯象の単位でもありえない。細胞はマイクロザイマであるというよりは、マイクロザイマが細胞を作り、細胞が破壊されたときには作り直す働きをする。それは組織された生命原基の要束である」

 不利な条件下では、このマイクロザイマ (いいかえれば原初期のウイルスあるいはバクテリア粒子)は病原となることができる(病気を引き起こすことができる)。そして、このことは病的状態が体内で生ずるのか、あるいは外部の病原から移ってくるのか、どちらにせよ真実なのである(ビーチヤム説を支持する最近の証拠については、第六章参照)。


 こうして、感染の起源について、外部説を信ずる者と内部説の信奉者の間で、論争が続いている。たしかなことは、前者は近代医学で業績を上げている多数者である。しかし真実への決め手として、ビーチャム説を支持する意見もまた大きな広がりをもっている。実際には、感染性有機体の起源について二つのまったく異なった見解があり、けっきょくこれが予防接種の一番の関心事となっているのだ。微生物発生の起源についての外部、内部両説には、真実についての大き要素が存在するのであろう。というのは、両説とも尊敬すべき支持者によって、十分にそして大きな力と論理をもって、議論されているからである。

 予防接種に反対する人たちの立場からは、ビーチヤムの業績は、身体の健康の重要性、免疫組織の活力、そしてそれによる病気への自然抵抗力を強調しているように見える。それは哲学的的概念を抜きにしても、雷を弱めたもの(あるいは感染過程の他の副産物)を使って身体の防衛力を刺激し、さまざまな微生物からの攻撃から身体を守ることを目ざしている人々とはかけ離れた、もっと大き分野のことに思えるのである。

 そしてこうした見解の相違は、標準的な免疫獲得のためにどちらを選べばよいかを理解するのに、基本的な問題ととなる。

まず、予防接種の不利益がどんなものであれ、他に実行可能な選択がないかぎり、それに対する反対論は崩壊してしまう。また、現在受け入れられている方法に、「科学的」根拠があるといっても、その基礎となっている方法論と論理が不十分ならば反対意見の有無にかかわらで、実際を見ると、不適当に作り上げられた方法論と論理を基礎として行われている予防接種には、基本的な難点がある。
いいかえると、予防接種の結果として浮かび上がり、我々が今見ている失敗は、不可避なのだ。なぜなら、それらが合理性に反する体系に基礎を置いていることのほかに、実験室での無菌状態で適用される原理は日常生活とはあまり関係がないということがいえるからである。もちろん外部から細菌が入って起こる感染は、論争するまでもない。


 しかし、環境と適応状態にある身体の中でも自然に発症しうることは、現存のウイルスによる「感染」の範囲の広さから、強く示唆される。また、このようなウイルスや細菌の多くが、明らかに健康な人の体内でも発見される場合があるという事実も、同様に示唆されているのである。とすれば、毒性の程度がどうであれ、外部から引き込んだ感染源でさえ、当然のこととして感染を起こすのではなく、ただ宿主(人間)がその活力を維持することができず感染源に対し適切な環境を与える場合にだけ、病気が発症するということになる。


 ところで、この間題と現代の天罰エイズとの関連性が、ますます注目されつつある。サンフランシスコのロス・カリフォルニア大学でエイズを研究しているジュイ・リビイ博士は、「エイズウイルスは、必ずしも人にその病気と接触させることを必要とするものではない。他の感染症、麻薬使用、栄養不良、ストレス、睡眠不足が免疫(防衛)組織を弱める方向に影響する可能性もあるようだ」という言葉を、「タイム」誌にに引用している。

 「もし人の免疫組織が、このようなことで悪影響を受けないならば、それはエイズウイルスと闘って撃退し、痛気を悪化させないようにできると私は信じる」とも語っている。

これは事態の正しい展望といえる。宿主すなわち感染した人と彼の免疫組織こそが、エイズ (あるいは何か他の感染症)に罹患するかどうかを決定するのだ。もし身体がそういう事態を許すような状態ならば、そこはウイルスあるいは細菌のかっこうの活動の場となるのである。


 ロックフェラー大学のデュボス教授は

 「ウイルスや細菌は、他の何かがないと、それ単独では感染症を引き起こさない」と述べている。

 カロケリノス、デットマン両博士は、それにつけ加えて

 「[[ウイルスと細菌だけが、感染症の唯一の原因ではない。他にも原因はある]]」といっている。


 両博士がいうように、「[[重要なのは、ウイルスや細菌が引き起こすものではなくて、それらを病原体に変身させ攻撃的にさせるもの、たとえば細胞の栄養状態などである。だから我々の生活態度が重要になってくる]]」



 そんなわけで、エイズ感染の基本原因としては、エイズに接触した一〇人のうちの一人だけに深刻な感染を引き起こす可能性があると考えられているウイルスよりも、麻薬の乱用や無分別な性交や無軌道な生活のほうが、大きく関係すると考えられるのである(エイズの原因については、ぜひ第七草を見ていただきたい〉。


 [[こうしたことは、すべての感染症に当てはまる同一の基本的な事実である。なのに、これまでは病気を起こす主たる要素として微生物の重要性を強調しすぎたため、健康管理に対する個人の責任を放棄させてしまったのである。]]

我々は後の章でこのことについての状況を論ずるが、この段階では、読者は次の二つの考え方が生み出す異なった強調の仕方に留意していただきたい。

一つは、我々は微小な生物の気まぐれと危険に陥りやすく、もし我々に、先天性あるいは後天性の免疫力がなければ、それらの力に負けて病気にかかるという考え方である。

この考え方にかかわるかぎり、自然に獲得された防衛力はうまく働くか働かないかの問題であるから、人為的な免疫によって、感染源から我々が「守られる」必要があるということになる。


 そして、もう一つは、我々一人一人の最も重要な関心事は最善の健康維持であるべきだ、という考え方である。この考え方による恩恵は、感染に対抗できる十分な免疫力を含めた健康障害に対する抵抗力と防衛力であり、また感染したとしても完全に対抗できる能力であろう。しかし、人体防衛のメカニズムが確実にこの目的に対して影響されうることが証明できなければ、現行の予防接種に対する批判はただ単なるアラ探しになるように思われる。

 そこで、この本が明らかにしようとしている論争の核心は、次のようなことになる。

予防接種が行われた当初には、明らかな変化が起こる。この変化は、特定の微生物に対する抵抗力が高められるときには、ある程度の利益があるかもしれないが、その場合でも、利益はその人の生まれつきの健康その他によって、大いに加減されるといったこと。

そして、もう一つ明らかにしようとしているのは、見せかけの防衛力に伴った大きなマイナスの効果と危険とがあり、その見せかけの防衛力がそうしたマイナスを覆う効果を果たしているということである。


もちろん、個人への悪影響の程度は、先天的体質や接種されたときの健康状態とともに、ワクチンのタイプによってもさまざまである。まず予防接種に必ず伴う局面として、接種直後の有害な副反応はよく知られている。また、これらは詳しく述べられ、強調されるであろう。
けれど、長期にわたる危険はほとんどわかっていない。この点はもっと調べられ、広く公表されなければならない。なんといっても、こういった危険が意味するものは、人間の苦悩の点で深く重いからである。