夕に軽く破る
朝に自分に言い聞かせ「今日こそ止めるぞ!」
夕に「明日からにしよう」と軽く言い聞かせる
朝「絶対今日こそは!」と
夕「明日こそ絶対に」と切り替える
こうして、365日 持続するのだ。
持続可能の原動力はどこにあるのだろうか?
それが薬業界にも起こっていると聞いて
ワタシは少し安心した。
なるほど、持続可能の謝怪こそ理想郷なのだと。
ところが、
世の中、そううまくは行かないらしい。
たいてい、その正論に異議を唱える奴が出てくるというモノだ。
「きみ~~、少し続けすぎだぞ。身体のことも考えろよ」とかナントカ。
ケチを付けている輩が居るのだ。
「あ~~百薬の長は毎日続けてこそ価値があると思うのであります!」
と主張しても聞く耳をもたんらしい。
「それよりもきみ~~、これを見たまえ」 と北門だ。
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このように何千種類もの薬が氾濫している現在、医者や病院がすべての薬の副作用や危険性を把握しているとは限らない。病院が医療費の点数がつくからといって何も考えずに処方した薬を飲み続けることで、寿命を縮めることだってある。
まずは自分のお薬手帳を見て、なんとなく安易に飲み続けている薬がないか確かめよう。そのうえで、信頼できる医者と相談しながら、飲み続けるべき薬、やめてもいい薬を仕分けする——それが健康への第一歩だ。
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飲み続ける薬かやめてもよい薬かって?
だって、それを指示してくれたのは信頼できる医者なんでしょ?
それを今更、信頼できる医者に相談だなんて?
ということは、お薬を指示していた医者は「信頼できない医者」だったの?
それに
信用できる医者って、どうやって見分けるの?
「自分が信用できるから信用できる医者なんだよ」
って答じゃだめ・
なにを基準にして信用できる医者なのか説明してよ~~
じゃさ、信用できる医者が居るということは、信用できない医者も居るってことに自動的になるでしょ?
それじゃ、信用できない医者って何を基準にして判断するの?
信頼とは自分が勝手に判断しているだけで、その自分はどうして正しい判断をしているのかも判断できないじゃないの? 自分じゃ。
それなら正しい自分を判断して貰うために信頼できる他人に判断して貰えば?
って
だから~~~
信頼できる他人って、だれが判断するの?よ~~~!
やっぱ、自分でしょ。
だから~
自分が正しい判断できているかどうか、どうして判断するの~~~~~!!
このまま一日、いや毎日つづきます